データアナリスト 三井千絵
この記事は2020年4月19日にスチュワードシップ研究会ホームページに掲載されたブログ記事(「新型コロナ緊急事態宣言下の有価証券報告書と株主総会」)を、一部修正加筆したものです。
有報は提出期限延長、では株主総会は?
金融庁は4月14日、4月7日発令の緊急事態宣言を踏まえ、有価証券報告書等の提出期限を延長することを発表した(「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を踏まえた有価証券報告書等の提出期限の延長について」)。対象は有価証券報告書だけでなく、四半期報告書、半期報告書等も含むすべての決算報告について一律に9月末まで提出期限を延長した。
最も決算が集中する3月期決算業務と監査業務が進行中である現在、外出自粛や在宅勤務によって業務に遅延が出ることを配慮しての措置だ。この発表をうけて、「有報や決算の延期が認められても、株主総会を先送りできなければ企業や監査法人の実務負担は大きくは変わらなそうだ」(日本経済新聞2020年4月15日付朝刊14面)という報道もあったが、その翌日、金融庁ホームページにおいて、関連省庁等からなる協議会による株主総会に関する考え方が発表された(「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」)。
この発表では、①株主総会はいつでも日程を後ろ倒しにすることが可能である、②それでも様々な事情により予定どおり開催したい場合でも、決算の承認だけを別途(数カ月後に)“継続会”という形で開催しそこで行うことが可能である、と説明されている。これは前日の発表とトーンが異なっている感がある。協議会は、有価証券報告書の提出は遅らせても、株主総会は予定どおり行いたい企業があると想定しているのだろう。
有価証券報告書の提出期限をのばすという対応は過去にも災害などで行われており、これについては投資家もアナリストも理解を示している。しかし、「株主総会は予定どおり開催する」という点については意見が分かれる。有価証券報告書の提出というより、監査が完了しないのであれば、株主総会も遅らせればよいではないか、というのが素直な思いであろう。そこで、今、投資家や、アナリスト、公認会計士、また企業の経理担当者等の関係者がどのようにこの問題を捉えているかをまとめてみた。
株主総会を遅らせることはできないのか?
「株主総会を遅らせることはできないのか? 監査が期日までにできないのは仕方がないが、それで配当決議などできるのだろうか・・・」(英国の投資家で日本株を担当するA氏)
日本より感染者の拡大が深刻な英国からみると、そこまでして6月末に株主総会を開催しなければならないということに、疑問があるのかもしれない。“継続会”方式は、不正会計などが発覚してどうしても監査が終わらない場合に用いられていた方式であると、日本の投資家は認識している。だから、このような状況下で、監査が終わらなくても株主総会を6月末に開くために“継続会”方式を取り入れる、というのは感染拡大防止に向け、今企業が採用すべき措置といえるのか疑問がある。監査だけに焦点があたっているかのように受け取れないこともない。
金融庁のホームページにもあるように、基準日を今から変更すれば株主総会を遅らせることは可能だ。ただ、この場合、新たな基準日が設定されることで、3月末の権利落ち日以降に株式を売却した人が配当を受け取れなくなるという問題がある。議決権も失う。3月の終わり頃は株価が乱高下していたこともあり、このような投資家の利益を損なうおそれについて、企業側にも懸念があるだろう。
また株式を保有し続けている場合でも、例えば月次で配当をしている投信や年金基金などで、6月末に予定どおりキャッシュインがないと困るところが出てくる可能性はある。ただ、配当を取締役会決議に切り替えている企業の場合は、取締役会決議を6月末に行うことで、例年どおりのタイミングで配当を行うことができる。投資家への配当を気にして、株主総会を遅らせないというなら、それは違うのではないかと見る向きもある。
株主総会と有価証券報告書の延期については、今回意見交換した投資家やアナリストはおおむね「今年はしかたがない」という考えだった。しかし、株主総会を延期せず、決算だけを後にするということになると、意見は異なってくる。
そもそも監査結果が出ていないのに、取締役専任議案に投票できるのだろうか。監査完了前に株主総会を開催するのであれば、決算短信でしっかり開示をしてほしいということになってしまうが、そもそも日本の決算短信が株主総会で使えるだけのものであるのは、実質的に監査が並行して行われているからであり、少なくとも株主総会までには会社法監査が終わっていることも大きい。つまり監査ができないのであれば、決算短信も例年と同じクオリティではないかもしれないという視点でこの問題を考える必要がある。
法的な検討はこちら 会社が採り得る選択肢は? 株主総会開催可否の判断ポイントと開催方針・工夫(ビジネス法務2020年6月号)
経理部門による財務諸表作成作業、監査がなぜ問題を抱えているのか?
ここで生じてくるのが、なぜ監査が問題となっているのだろうか、という疑問だ。投資家の中に、もともと、日本ではまだ紙を中心とした作業が他国より多く、決算の処理や監査がデジタル化していないことが、もしかして他国より監査を遅らせていないかという指摘もあった。
そこで、公認会計士にこの点を確認したところ、以下のような回答を得た。
- 現場では確かにまだ紙が多いといえるが、そのために対応が遅れているわけではない。
- (入国制限等で)現地に行けないことがネックになっている。それは他国も同じ。
- 12月決算であれば日本でもなんとかなっており、この3月決算が問題。
大手監査法人で監査を行っている公認会計士も、次のように話す。
- 経理部門ではテレワークができず、順番に自宅待機にしているケースがある。そのため関連書類を求めても、次に担当者が出社した時にとなり通常より時間がかかる。
- テレワークの設備が十分になく順番に使用している。勤務していても席を空けて座り、昼食に一緒に出ず、十分に気を使い、それでなんとか維持できている。
あるグローバルファームに所属する会計士は、①監査人は早くから警告を発していた、②日本企業は他国と比べ新型コロナウイルスの感染拡大に対する対応が緩い、③経理部門がまったくテレワークできていない状態で決算作業を続けている場合もあり、正直とてもリスクがある(1人感染したら全滅してしまう)、と指摘する。
あるセルサイドアナリスト(商社セクター)は、「監査がこの状況でもできると思っていて、日本の監査法人だけが間に合わないと思っている人がいるとしたら監査を知らなすぎかもしれません」と話す。また、「監査は今、難しいと思います。アナリストとしては監査をしてほしい。監査が終わっていないなら株主総会を開くのはどうかと思う。今は緊急事態です。海外では今年は配当を払うべきではないという議論もあります。監査が終わるまで株主総会を延期すべきです」とも。
ある責任投資部門長は、「今、責任ある投資家にとって必要なのは、企業の生き残りをいかにサポートすることではないか」と考え始めたそうだ。PRI(Principles for Responsible Investment、国連の責任投資原則)でもCOVID-19への緊急提言が行われファイナンシャル・サポートを訴えている。まずはこの危機をどう乗り越えるかに集中するよう、投資家は企業に呼びかけるべきかもしれない。
総会を予定どおり行うか、未来を見据えて判断を!
4月17日現在、多くの企業が6月に予定どおり株主総会を行うのではないかといわれている。報道にもあったように4月15日時点では予定どおり決算発表を行うつもりの企業は少なくない(日本経済新聞2020年4月15日付配信「有報期限、9月末に延長ー金融庁、3月期企業を対象に 東証、決算日程再検討促す」)。
ある企業の経理部門担当者は、自分もなんとか株主総会を予定どおり終わらせたいと考える1人だと言い、日本企業の役員は多くが内部昇格で、予定どおり6月に役員として承認をうけて、人事も予定どおり動かしたいと考える。企業にとっては非常にセンシティブな問題だと話してくれた。指名委員会がある企業では必ずしも決算と役員選任議案が同日でなくてもよいのではないか、という考えの人もいる(この株主総会で監査役に新規就任予定の方で、候補者選定プロセスを踏まえて語ってくれた)。投資家とも1年を通じてエンゲージメントをしており、また取締役の任期が1年となっているため、なんらかの選任手続はやはり必要と考えている。
しかし今は緊急事態だ。平年とは違う状態であり、少なくともこの事態が少し収束するまでもう数カ月、現状の役員で経営を行うほうが事業運営上もよいのではないだろうか。人事を動かせばそれに伴い事務作業も発生する。
結局のところ、有価証券報告書については金融庁からクリアなメッセージが出たものの、総会についてはメッセージが弱く、実際みなどうしていいかわからないのではないか、と前述の企業の経理担当者は感じているそうだ。すでに6月総会の企業にとって3月末の基準日がすぎており、それを変更するのは簡単ではない。法令上、例えば企業側は何もしなくても必要であれば総会を遅らせることができるような新制度を導入するなど、もっと強いメッセージを送らないと、何も変わらないように思う。
株主総会の開催を遅らせることのハードルをあげているのは、すでに配当落ちしているということもあるが、例えば基準日が株主総会の2日前である英国ではこのような問題は発生しない。基準日から株主総会までが3カ月も離れている国はあまりない。1年の4分の1もの期間すでに株主でない投資家が議決権を持っているというのは異常である。本来コーポレートガバナンス・コードの議論が始まった時、もっと議論されるべきだった点の1つだ。
テレワークの徹底、決算業務等の電子化、株主総会の日程、短い期間に2回(会社法・金商法)の監査、そして3カ月も離れた基準日等々、様々な未解決であった宿題が問題をさらに深刻化させている。これらを今こそ考え直す時かもしれない。
ある投資家はこう言う。「決算は早くしてもらえたほうがいいに決まっている。しかし今、従業員や社会のことを考えどうすればいいのか、それを決めるのがマネジメントの仕事だ。投資家がどうみるかではなく、どうするのが経営にとって最もいいかを考えて決めてほしい」これは今回議論したすべての投資家からのメッセージといえる。
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