休業手当の支払と雇用調整助成金の活用

人事・労務

森・濱田松本法律事務所
弁護士 荒井太一

新型コロナウイルスと休業および休業手当

 新型コロナウイルス感染拡大に対し、政府は、4月7日、緊急事態宣言を発令し、同月16日にはその対象を全国に拡大した。

 以前より、すでに外出の自粛などは自主的に取り組まれていたものの、緊急事態宣言によって、外出の自粛にとどまらず、多くの企業に対して休業要請が出されることになった。また、需要の劇的な低下もあり、労働者に対して、時短勤務や休業を指示する企業も増えている。この場合に問題となるのが、休業手当の支給の要否となる。

 すなわち、労働契約においては、労働者は使用者に対して労務を提供する義務を負い、使用者は労働者に対して賃金を支払う義務を負っている。しかし、休業などにより労務の提供がなされない場合に、賃金債権も当然に消滅するか(逆に言えば、休業であっても使用者は労働者に賃金を支払わなければならないか)という問題が生じる。

 この点については、まずは就業規則等に規定があればそれに従うこととなる(ただし労働基準法(以下「労基法」という)の条件を下回ることが許されないことは当然である)。かかる規定がなかった場合にも、民法536条2項および労基法26条の各規定に基づく賃金・休業手当の支払義務が問題となる。

休業の命令

 まず、休業とは、労働契約上労働義務を負う時間について労働を遂行できなくなることをいい、全日の休業のみならず、1日の一部を休業する場合も含まれる。そして、労基法 26 条は、このような休業について、労働者の所得保障の見地から、前掲のような経営障害が起きた場合を含めて、平均賃金の 60% 以上の休業手当を支払うことを使用者に義務づけている(土田道夫『労働契約法(第2版)』(有斐閣、2016年)250頁)。

 休業の命令について特に様式は必要とされていないが、雇用調整助成金を受給する場合、その申請のためには労使協定が必要とされる。

賃金・休業手当

民法536条2項に基づく賃金支払義務

 民法536条1項は、当事者双方に帰責性がない場合は債務者は反対給付を受ける権利を有しないとしている。つまり、使用者および従業員のいずれにも帰責性がない理由により労務提供ができなかった場合、従業員は賃金の支払を受けることができないこととなる(ノーワーク・ノーペイの原則)。

一方で、同条2項は、債権者(労働契約においては、使用者)の「責に帰すべき事由」による債務者(労働契約においては、労働者)の履行不能の場合、債務者(労働者)は賃金請求権を失わないとしている。通説は、民法536条2項にいう「責めに帰すべき事由」とは「故意・過失又は信義則上これと同視すべき事由」と解している。このように、賃金債権の存否は、労務が提供できないことが使用者の帰責事由によるものであるか否かによって決せられる。

労基法26条に基づく休業手当支払義務

 次に、労基法26条は、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合は、使用者は労働者に平均賃金の6割以上の手当(休業手当)を払わなければならないとしている。

 厚生労働省(以下「厚労省」という)は、労基法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由」の解釈について、「新型コロナウイルスに関するQ&A (企業の方向け) 令和2年4月24日版」(以下「厚労省Q&A」という)において、「①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たす」場合は、不可抗力の休業として「使用者の責に帰すべき事由」にはあたらず、使用者に休業手当の支払義務はないとしている。なお、ここでいう「事業の外部」か否か、すなわち事業の内外の判断基準(①の基準)について、厚労省は、「最も広義における営業設備の範囲の内外」を指すとしており、事業主の監督または干渉の可能な範囲における人的・物的のすべての設備は事業の内部に属すると解している(厚生労働省労働基準局編『平成22年版労働基準法(上巻)』(労務行政、2011年)369頁)。

 したがって、「例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分検討するなど休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、『使用者の責に帰すべき事由による休業』に該当する場合があり、休業手当の支払が必要となることがあ」るとしている。

民法536条2項と労基法26条の「帰責事由」の相違

 このように、民法536条2項に基づく賃金支払義務と労基法26条に基づく休業手当支払義務とは、ともに使用者の帰責事由の有無を基準としている。もっとも、両条にいう「帰責事由」の範囲が同一であるかについては学説上争いがあり、通説・判例は、労基法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由」は、民法536条2項にいう帰責事由よりも広く、民法上は使用者の帰責事由とならないような経営上の障害であっても天災事変などの不可抗力に該当しない限りはこれに含まれると解している(前掲・土田250頁。同旨の判例としてノース・ウエスト航空事件・最二小判昭62・7・17民集41巻5号1350頁)。

 この結果、労基法 26 条にいう「使用者の責に帰すべき事由」は、「使用者側に起因する経営、管理上の障害」であって、「経営者として不可抗力を主張しえないすべての場合」を含むものとなる。具体的には、原料の不足、資材の入手難、監督官庁の勧告等による操業停止、親会社の経営難による資材・資金の獲得困難などの「経営障害」がこれにあたり、労働者は休業手当を請求することができる。これに対し、台風・地震等の天災事変に基づく休業など、法令を遵守することにより生ずる休業は経営障害ではなく、不可抗力による休業であり、使用者の帰責事由に当たらない(前掲・土田251頁)。

 また、そもそも民法536条2項は任意規定であり、当事者の合意等によって排除が可能であるが、労基法26条は当事者の合意等によっては排除できないという意味でも意義がある。

事例ごとのあてはめ

感染した労働者を休業させる場合

 この場合、民法536条2項に基づく賃金も、労基法26条に基づく休業手当も支払う必要はない。

感染が疑われる労働者を休業させる場合

 発熱や咳などの症状があるものの、新型コロナウイルスかどうかわからない時点で、労働者を休業させる場合、厚労省は、「例えば発熱などの症状があることのみをもって一律に労働者に休んでいただく措置をとる場合」には、一般的に労基法26条に基づく休業手当を払う必要がある、としている(厚労省Q&A)。

 逆に言えば、症状等に鑑みて、新型コロナウイルス等の感染症に罹患していることについて合理的な疑いがあるような場合などには、当該労働者を休業させた場合でも休業手当を支払う義務がないということもありうる。企業は当該従業員のみならず、他の従業員との間でも安全配慮義務を有しており、当該従業員に感染症の疑いがあるなかで漫然と業務を行わせれば他の従業員に感染を拡大させる恐れもあることを考えれば、このような措置もやむを得ないと言える。

緊急事態宣言の影響から事業を休止する場合

 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や、要請や指示を受けて事業を休止する場合、労働者に対し休業手当は支給する義務があるか。

 この場合、前述のとおり、①その原因が事業の外部より発生した事故である場合、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故である場合には、「使用者の責に帰すべき事由」にはあたらず、不可抗力の休業として使用者に休業手当の支払義務はないとされるところ、緊急事態宣言およびこれに基づく休業要請が①に該当することは明らかである。②について、厚労省は、在宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能かどうかといった事情をもとに考慮すべきとしているものの、少なくとも現場作業に従事する労働者を在宅勤務させることは困難であることが多いと言え、休業手当を支給する義務はない場合がほとんどであろう。

 また、営業自粛要請の対象にはなっていないものの、外出自粛などの影響から経営不振に陥った場合に事業を休止する場合も、基本的には同様であると言えるが、営業自粛要請の対象ではないことから、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故である場合と言えるかについてはより詳細な検討が必要となるであろう。

1日のうち休業が一部になる場合で、労基法26条に基づく休業手当を支払う場合

 時短操業を行う場合で、かつ休業について使用者に帰責性が認められる場合、使用者は労働者に対し、労基法26条の休業手当を支払う義務がある。この場合、前述のとおり、使用者は労働者に平均賃金の6割以上の手当を払わなければならないが、これが1日の一部休業の場合、どのように計算すべきか。
 この点については、旧労働省の通達によれば、「一労働日の一部を休業した場合は、労働した時間の割合で既に賃金が支払われていても、その日につき、全体として平均賃金の100分の60までは支払わなければならず、実際に支給された賃金が平均賃金の100分の60に達しない場合には、その差額を支給しなければ本条違反となる」(昭27・8・7基収第3445号)とされている。したがって、一部休業を行った日の時間割賃金が平均賃金の100分の60以上となっていれば、休業手当を支払わなくても労基法26条の違反にはならないこととなる。

雇用調整助成金

 なお、厚労省は、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、一時的な雇用調整(休業、教育訓練または出向)を実施することによって、従業員の雇用を維持した場合、雇用調整助成金を支給することとしている。

 雇用調整助成金とは、

  1. 雇用保険の適用事業主であること
  2. 売上高又は生産量などの事業活動を示す指標(生産指標要件)について、その最近3カ月間の月平均値が前年同期に比べて10%以上減少していること
  3. 雇用保険被保険者数および受け入れている派遣労働者数による雇用量を示す指標について、その最近3カ月間の月平均値が前年同期に比べて、中小企業の場合は10%を超えてかつ4人以上、中小企業以外の場合は5%を超えてかつ6人以上増加していないこと
  4. 実施する雇用調整(休業等)が一定の基準を満たすものであること
  5. 過去に雇用調整助成金の支給を受けたことがある事業主が新たに対象期間を設定する場合、直前の対象期間の満了の日の翌日から起算して1年を超えていること

といった受給要件を満たした場合、たとえば、休業を実施した場合の休業手当相当額の一定割合を助成する制度である(ただし、助成金の上限額は対象労働者1人当たり8,330円とされている)。

 特に、新型コロナウイルス感染症により影響を受ける事業主を支援するため、4月1日から6月30日までの間、同制度に特例措置が実施されており、上記要件の多くが緩和されている(たとえば、生産指標要件について、1カ月の生産指標要件が5%以上減少していれば要件を満たすようになったほか、休業手当の助成率も引き上げられている。なお、助成金の上限については変更がない)。詳細は、厚労省ウェブサイトを参照されたい。

 したがって、やむを得ず休業を行う場合で、労働者に対し休業手当を支給する場合であっても、雇用調整助成金の申請を行うことで休業手当について助成を受けることで、その負担を大きく減少させることが可能となる場合もある。休業手当の支給を行う場合には積極的に検討すべきと言えよう。

執筆者プロフィール

日本およびニューヨーク州弁護士。ビジネス法務全般・労働法・M&Aのほか、ベンチャー支援を主要業務とする。厚生労働省において労働基準行政に関わるほか、大手企業での勤務経験を通じビジネスの現場にも精通するなど、実務に即したアドバイスを得意とする。2017年厚生労働省「柔軟な働き方に関する検討会」委員就任。

 

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