12月決算企業にみるリスク情報の開示(緊急企画「コロナショックにどう対応するか」)

会計・監査

 この記事は、企業会計2020年6月号(緊急企画「コロナショックにどう対応するか」)より執筆者の許可を得て転載したものです。

西村あさひ法律事務所
弁護士 野澤大和

 新型コロナウイルス感染症が世界的に流行しており、日本もその例外ではなく、2020年4月7日、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令された。新型コロナウイルスの感染拡大が終息する見通しは立っておらず、国民生活だけでなく、企業活動にも大きな影響が生じており、企業を取り巻く経営環境の不確実性がますます高まっている。

 そのような状況のなかで2019年1月31日に公布・施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(平成31年内閣府令第3号)(以下「改正府令」といい、改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」を「開示府令」という。)のうち、「事業等のリスク」に関する改正は、任意の早期適用が可能であるものの、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用されることとなる(改正府令附則⑦)。「事業等のリスク」に関する改正の適用初年度ということもあり、3月決算企業の多くにとって、有価証券報告書において、新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報をどのように開示すべきかは非常に悩ましい問題である1

 本稿では、これから有価証券報告書の提出を行う企業の参考とすべく、早期適用事例を含め、12月決算企業が2020年3月に提出した有価証券報告書における新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報の開示例を紹介するとともに、その簡単な分析を試みる。紙幅の制限により、事業等のリスクに関する改正内容の解説は開示例の分析に必要な限りですることとし、その詳細は他の論稿2に譲りたい。

 なお、本稿の見解は筆者が過去所属しまたは現在所属する法律事務所その他の組織の見解ではなく、筆者個人が責任を負うものである。

開示例の概要


 日経225構成銘柄に該当する企業のうち、12月決算企業(27社)が2020年3月に提出した有価証券報告書の「事業等のリスク」において新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報をどのように開示しているかを調査した。

 27社のうち23社は「事業等のリスク」において、新型コロナウイルスを含む感染症の流行等に関するリスク情報を開示していた。そのうち、6社3は明示的に新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報を開示していたが、4社は「事業等のリスク」ではなく「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」4または連結財務諸表等の「重要な後発事象」5もしくは「その他」6において新型コロナウイルス感染症に関する開示をしていた。

 他方で、27社のうち4社7は「事業等のリスク」において新型コロナウイルス感染症その他の感染症に関するリスク情報を開示していなかった。そのうち、1社は「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」8において新型コロナウイルス感染症に関する開示をしていた。

 新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大している状況にもかかわらず、「事業等のリスク」において当該感染症に関するリスク情報を開示していない開示例が見受けられる。

 この点、開示府令のもとで、「事業等のリスク」の開示は、一般的なリスクの羅列にならないように、企業の成長、業績、財政状態、将来の見込みについて重要であると経営者が考えるリスクに限定する必要がある9。「事業等のリスク」として、企業固有の事情に基づかない一般的なリスク(たとえば、天災、景気の変動等)を記載することもできるが、かかる一般的なリスクを記載する場合は、具体的にどのような影響が見込まれるかを明確にする必要がある10

 新型コロナウイルス感染症の拡大は企業固有の事情に基づかない一般的なリスクであるので、有価証券報告書の提出日現在において経営者が経営成績等への具体的な影響が見込まれる主要なリスクであると判断するか否かによって、その開示の要否が決まる。そのため、有価証券報告書の提出日現在において経営者が経営成績等に重要な影響を与える可能性がないと判断すれば、新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報を開示しないことはありうる。

 なお、「事業等のリスク」の開示は、将来の不確実なすべての事象に関する正確な予測の提供を求めるものではない。そのため、有価証券報告書の提出日現在において、経営者が認識している主要なリスクについて、一般的に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合には、有価証券報告書の提出後に事情が変化し、事業等のリスクの開示内容が整合しなくなったことをもって、虚偽記載の責任に問われることはないと考えられる11。もっとも、有価証券報告書の提出日現在において、経営者が認識している主要なリスクについてあえて記載しなかった場合には、虚偽記載に該当する可能性があること12に留意する必要がある。

記事の続き(全文)は下記からダウンロードできます。

12月決算企業にみるリスク情報の開示 (769 ダウンロード)

※ 企業会計2020年6月号に掲載している以下の記事を特別公開します。
「業務スケジュールへの影響と後発事象・決算説明会への対応」
⑵「12月決算企業にみるリスク情報の開示」(本記事)
⑶「会議体としての株主総会のゆくえ――「株主総会運営に係るQ&A」の法解釈と将来の展望」(近日公開予定)
 新型コロナウイルス感染拡大で決算・開示対応にお困りの企業のみなさまに、ご活用いただければと思います。
※ 特別公開をご快諾いただいた筆者の方々に御礼申し上げます。

  1. 2020年4月17日、「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(令和2年内閣府令第37号)が公布・施行され、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、同年4月20日から9月29日までの期間に提出期限が到来する金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の提出期限について、企業が管轄財務局への個別の申請(開示府令15の2)を行わなくとも、同年9月30日まで延長する旨の承認(金商法24①本文)があったものとみなされるため、有価証券報告書等の提出期限が一律に同年9月30日まで延長された。
  2. たとえば、八木原栄二=岡村健史=堀内隼=片岡素香「企業内容等の開示に関する内閣府令-平成三一年内閣府令第三号-」『旬刊商事法務』2194号(2019)16頁、拙稿「有価証券報告書の記載事項の改正〔上〕〔中〕〔下〕〕-『企業内容等の開示に関する内閣府令』の改正及び『記述情報の開示に関する原則』の制定を踏まえて-」『法と経済のジャーナル』(2019年3月13日、3月27日、4月10日)、三井千絵「事業等のリスク」本誌71巻4号(2019)24頁、辰巳郁=沼畑智裕「有価証券報告書の記述情報(非財務情報)の分析 事業等のリスク⑵」『資料版商事法務』428号(2019)117頁、山添清昭「経営方針・経営戦略等、事業等のリスク、MD&A」本誌72巻3号(2020)20頁、中村慎二「改正『企業内等の開示に関する内閣府令』に基づく開示上の留意点」『ビジネス法務』20巻5号(2020)76頁、原敬徳「新型コロナウイルスに対する取組みの考え方と留意点」『旬刊経理情報』1574号(2020)25頁等。
  3. アサヒグループホールディングス、日清紡ホ ールディングス、電通グループ、東海カーボン、 ヤマハ発動機、キヤノン。
  4. 資生堂、東京建物。
  5. AGC。
  6. 荏原製作所。
  7. 日本たばこ産業、大塚ホールディングス、 DIC、横浜ゴム。
  8. 横浜ゴム。
  9. 金融庁の2019年1月31日付「『企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)』に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下「パブコメ結果」という。)No.10参照。
  10. パブコメ結果 No.10参照。
  11. パブコメ結果 No.16参照。
  12. パブコメ結果 No.16参照。

コメント

タイトルとURLをコピーしました