コロナ禍がもたらす監査上の課題と対応:特に海外拠点に関する業務がネックに

会計・監査

 この記事は、「旬刊経理情報」2020年5月10日・20日合併増大号より執筆者の許可を得て転載したものです。
※ 5月1日に公開した記事を再編集して再公開したものですが、内容は同じです。

有限責任 あずさ監査法人
公認会計士 関口智和

この記事のエッセンス
●2020年3月期の監査においては、次のような困難な課題が多いほか、期末日後に多くの会計・監査実務を実施する際に参照すべき文書が公表されている。
・実地棚卸の立会
・残高確認の実施
・会計上の見積りの評価
・電子的な方法により入手した証拠の評価
・海外拠点における監査の実施
●このため、監査人との間で互いの課題を適時に忌憚なく共有したうえで、決算日程の見直しも含めて検討することが、肝要と考えられる。

はじめに

 新型コロナウイルスの感染拡大や政府から発令された「緊急事態宣言」で要請された感染予防措置の強化を踏まえ、生命・安全の確保を最優先し、感染の拡大リスクに最大限に配慮した行動が必要となっている。こうした事態を踏まえ、多くの企業では在宅勤務の措置が講じられる等、2020年3月期の決算実務において通常でないさまざまな事態が生じている。

 こうした状況は、企業が作成する財務諸表を監査する監査人においても同様である。本稿では、こうした事態を踏まえ、監査に対応する企業の経理担当者がどのような点に留意すべきかを理解するための一助として、監査の実施にあたって生じている課題について解説する。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りする。

監査の実施における主な課題

監査業務の特徴

 監査の実施における課題に関する解説に先立ち、監査業務の一巡について理解を得るため、その概要を説明する。

 本稿をお読みの方のなかにも、監査業務は、監査人が部屋にこもって独り黙々と帳簿や資料を捲っているという印象をお持ちの方がおられるかもしれない。この場合、新型コロナウイルスの感染拡大や感染予防措置の強化は監査業務に大きな影響を与えると思われないかもしれない。しかし、実情はけっしてそういうわけではない。

 実際、監査業務は多くのメンバーによって組成されたチームによって行われ、企業の各拠点に赴き、さまざまなモノに触れ、監査対象企業の者と多くの議論を重ね、監査対象企業や監査法人外の第三者(例:残高確認の回答者、郵便業務を担う者)の協力を得ながら進められる。海外拠点を有するグローバル企業の財務諸表を監査する場合は、海外出張が求められることも頻繁である。このように、監査業務は、元来、ヒトおよびモノとの「接触」や多くの「移動」を伴う業務である。

 また、近年、会計基準において、会計上の見積りを必要とする会計処理を行うことが多く要求されている。具体的には、固定資産やのれんの減損損失の計上、金融商品の公正価値測定、繰延税金資産の回収可能性の判断等、多くの場面で会計上の見積りが必要となる。また、会計上の見積りにあたっては、多くの場合、将来キャッシュ・フローの見積りが必要となり、その際、多くの「仮定」が必要となる。

 監査業務の実施にあたっては、こうした仮定やそれに基づく会計上の見積りが「合理的」といえるかどうかについて、企業の説明を鵜呑みにすることなく、批判的なマインドセットを持ったうえで検証することが要求されている。このため、監査業務の遂行は、将来見通しに関する不確実性が高まる状況においては、一層難しくなる。

 加えて、監査業務の多くを占める法定監査業務の実施にあたっては、金融商品取引法や会社法で定められる日程のなかで実施される。このため、無制限に時間の猶予がある訳でなく、むしろ法定監査業務の日程は、通常でも監査人にとってかなり厳しいギリギリの対応が求められる。この時間的な制約は、現下の状況において、大変厳しいものとなっている。

 さらに、海外拠点を有するグローバル企業の財務諸表監査にあたっては、現地における法令や政府の要請、海外拠点の事情、当該拠点の財務諸表の監査を担う現地の監査事務所の事情、監査監督当局による検査を踏まえた対応が必要となる。このため、監査業務の実施にあたっては「時間との闘い」が大きな要素を占める。

 また、監査業務は、想定利用者の財務諸表に対する信頼性を高めることを目的として実施されるものである(監査基準委員会報告書200「財務諸表監査における総括的な目的」3項)。このように、「信頼性」を高めること、それ自体が目的とされていることから、監査業務は風評リスクに特に注意を払う必要のある業務といえる。

監査上の課題

 以上に記載した監査業務の性質を踏まえ、新型コロナウイルスの感染拡大や感染予防措置の強化は、監査業務の実施に大きな影響を与えている。

 すなわち、こうした通常でない状況において、要求されている品質を確保しつつ、監査業務を遂行するために、監査人は主に次の点に留意することが重要となる。

  1. 国内・海外出張等の「移動」や、監査チーム内および企業の方との「接触」を最小限にしつつ、どのように十分かつ適切な監査証拠を入手することが可能か。
  2. 先行きが極めて不確実な状況において、企業による会計上の見積りや前提とした仮定についてどのように批判的に評価すればよいか。
  3. 監査の実施に関係する第三者、企業、海外拠点に生じている制約を所与とし、監査チームにおける感染予防措置を徹底しつつ、どのように時間的制約に対応することができるのか。
  4. 日本の監査業務が、国内の財務諸表利用者やグローバルな関係者から不信感を抱かれないようにするには、どのような対応が必要か。

監査の実施にあたっての具体的な課題

 前記を踏まえ、監査の現場においてさまざまな課題が生じているが、主に次のような課題が顕著である。

① 実地棚卸の立会
② 残高確認の実施
③ 会計上の見積りの評価
④ 電子的な方法により入手した証拠の評価
⑤ 海外拠点における監査の実施

 次頁において、それぞれの課題について、概要を説明する。

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