コロナ禍がもたらす監査上の課題と対応:特に海外拠点に関する業務がネックに

会計・監査

監査の実施にあたっての具体的な課題

実地棚卸の立会(①)

 商品・製品・仕掛品等の棚卸在庫を有する企業の決算にあたっては、在庫残高の把握とその評価が重要である。このため、重要な棚卸在庫が存在する場合、企業により棚卸が実施され、監査の実施にあたっては棚卸の立会を実施することが必要とされている。

 しかし、特に食品や医薬品等、感染リスクに特に注意が払われる業態においては、新型コロナウイルスの感染拡大の予防を徹底する観点から、現場担当者以外のアクセスや接触を一切禁止している場合がある。また、監査人においても、棚卸在庫が保存されている遠隔地に出張することが感染予防の観点から困難な場合もある。さらに、海外拠点の場所によっては、現地の法令や政府の指令によって、外出が禁じられ、予定されていた棚卸自体が実施できなくなっているケースもある。

 監査の実施において、棚卸の立会は特に重要な監査手続とされ、監査基準においてもこれを実施することが要求されており、実務上不可能な場合に限って代替的な手続の実施を検討することが認められている。このため、監査の実施にあたっては、まず、事実および状況を踏まえ、実地棚卸の立会が「実務的に不可能」といえるのか、実務的に不可能と判断される場合、代替的な手続の実施によって、棚卸資産の実在性および状態について十分かつ適切な監査証拠を入手することができるかどうかについて検討することが要求されている。

 さらに、企業において予定されていた棚卸が実施できない場合、時期を遅らせてでも棚卸を実施することができるかについて企業との協議が必要となるほか、場合によっては、無限定適正の監査意見を表明できるかについて検討することが必要となる。

 このように、実地棚卸の立会が従前どおり実施できるか否か、実施できない場合に代替的な手続によって十分かつ適切な監査証拠を入手できると判断し得るかは、無限定適正の監査意見を表明するために極めて重要なポイントである。

残高確認の実施(②)

 ほとんどすべての企業は、得意先に対する売掛金や仕入先に対する買掛金を有しているほか、銀行に預金口座を開設し、銀行から資金を借り入れている。

 このため、監査の実施にあたっては、ほとんどの場合、企業の取引先や仕入先に対して売掛金や買掛金残高について確認を依頼することが必要であり、金融機関に対して預金や借入金残高等について確認を依頼する必要がある。確認手続は、企業の外部から監査証拠を得るための監査手続であり、重要である。

 特に、これまでの粉飾決算の事案では、帳簿に計上されていない簿外債務が発覚したケースも多いため、金融機関に対する確認手続は、企業の債務の網羅性を評価するうえで極めて重要である。なお、確認手続の実施にあたっては、多くの場合、郵便による方法が採られている。

 しかし、新型コロナウイルスの感染予防措置の強化を踏まえ、遠隔地(海外を含む)に対する郵便が機能しなくなっているケースがある。また、国内においても、政府や自治体から在宅勤務が強く要請されていることを踏まえ、残高確認の依頼先(たとえば、金融機関)において回答業務が遅延するケースが生じている。

 加えて、監査の実施にあたって、特に大手監査法人では、残高確認の依頼や回答の受領業務は当該業務を専門的に実施するセンターが一元的に実施しているが、職場において担当者が密接した状態で勤務することを避ける観点から、マンパワーが通常よりも減っており、結果として、こうした業務に遅延が生じている。

 このような事情から、残高確認業務が通常どおりに実施できず、特に監査期間の観点から、これが法定監査を進めるうえでの重要な制約になっている。

会計上の見積りの評価(③)

 財務諸表の作成にあたっては、多くの会計上の見積りが必要となる。特に、現下の状況では、企業を取り巻く環境が非常に厳しくなっており、これを踏まえて、固定資産やのれんについて減損損失を計上すべきかが重要な監査テーマとなっている。さらに、会計上の見積りの評価に至る前に、継続企業の前提が成立するか、および継続企業の前提に関する重要な不確実性がある旨を財務諸表に注記すべきかが重要な監査テーマとなる事例もある。

 こうした場合、先行きが極めて不確実な状況において、将来キャッシュ・フローの見積りを含め、見積りにあたって前提とされている仮定が合理的と判断し得るか否か(たとえば、休業要請がいつまで続くのか、GDP成長率をどのように見積ればよいか)は監査の実施にあたって特に重要かつ困難な論点となる。このため、会計上の見積りが合理的であるか等の評価は特に重要となっている。

電子的な方法により入手した証拠の評価(④)

 監査業務においては、企業の経営者や担当者に対して、会計処理の前提となった事項について質問をしたり、会計上の見積りにおける仮定について議論することが必要である。また、証拠資料が改竄される可能性があることも踏まえ、監査の実施にあたっては、通常、証拠資料(契約書、請求書、領収書等)の原本を入手することとされている。

 しかし、企業および監査法人における在宅勤務の拡大に伴い、最も効果的な対話の手段とされる対面による質問や議論が困難となっているほか、証拠資料の原本を入手することができず、電子的な方法により証拠を入手することが多くなっている。

 このため、十分かつ適切な監査証拠を入手するために、追加的な質問を実施したり、証拠資料の改竄がされていないかを検証する手続を追加的に実施する必要も生じており、必要な監査手続を通常と同様の期限内で終わらせることが一層困難となっている。

海外拠点における監査の実施(⑤)

 海外拠点を有するグローバル企業の財務諸表の監査を実施する場合、海外拠点における財務情報について、現地の監査事務所によってどのような監査が実施されているかを評価することが必要となる。このため、現地監査人による監査の実施状況を理解するため、期末前に現地に出張することも多い。しかし、2020年3月期の財務諸表監査にあたっては、海外出張が制限され、例年どおりの措置が実施できていない場合も多い。

 また、ほとんどの海外事務所において、上記①から④に記載したものと同様の課題に直面している。むしろ、海外拠点では、日本よりも厳しい外出制限が課されていることも少なくなく、前記の課題はさらに困難な場合も多い。さらに、国によっては、監査監督機関から、監査品質のさらなる向上のために監査の実施においてかなり厳しい要請がされていることもあり、課題の解決がさらに困難なこともある。

次頁では、③の会計上の見積りについてさらに掘り下げる。

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