コロナ禍に伴う財務制限条項への抵触にどう対応すべきか

会社法務

コロナ禍と財務制限条項

 コロナ禍により、企業の財政状況は著しく悪化しており、一部にはリーマン・ショックの時の影響を超える可能性があるとの指摘も出てきている。コロナ禍の影響は、2月以降徐々に顕在化してきていたが、特に全国に緊急事態宣言が発令された4月8日以降はより深刻なものとなっている。

 緊急事態宣言以前の会計期間ではあるが、5月15日までに行われた2020年3月期決算発表では、26%の企業で1〜3月期(第4四半期)が赤字になったことがわかった(日本経済新聞2020年5月15日)という。特に、自動車関連や鉄道、旅行業などのセクターへの影響は非常に大きくなっている。

 こうした中で、上場、非上場を問わず、利益、純資産、貸借対照表の各種比率、キャッシュ・フローといった財務制限条項対象項目の数値が悪化し、財務制限条項に抵触している企業も増えてきていることが想定される。

金融庁の要請

 すでに述べたように、企業が財務制限条項に抵触した場合、期限の利益を喪失し、借入金の一括返済を求める権利が貸手に発生する場合もある。仮に、今回のコロナ禍による財政状態の悪化により財務制限条項に抵触した企業が一気に借入金の全額返済を求められたとすれば、企業の存続は危うくなる。また、金利の引上げであったとしても、コロナ禍で苦しんでいる企業にとっては、非常に重いダメージを受けることになると考えられる。

 こうした中、金融庁は2020年4月7日に「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を踏まえた資金繰り支援について(要請) 」を公表した。その中で、財務制限条項抵触時の取扱いについても、以下のように示されている。

「貸出等の条件となっている財務制限条項(コベナンツ)に事業者が抵触している場合であっても、これを機械的・形式的に取り扱わないこと、具体的には、①事業者の経営実態をきめ細かく把握し、直ちに債務償還等を要求することのないよう対応すること、②コベナンツの変更・猶予に関する事業者からの相談には迅速かつ真摯に対応すること、③特に、シンジケートローンにおいては、関係金融機関が協力して一体的に対応すること。」

金融庁「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を踏まえた資金繰り支援について(要請) 」(4月7日)

 すなわち、金融機関に対して、借手が財務制限条項に抵触しても、直ちに債務償還等を要求することのないよう対応するというだけではなく、財務制限条項の変更、猶予の相談についても迅速かつ真摯に対応することを求めている。

 したがって、コロナ禍により、財務制限条項に抵触したとしても、借入れを行っている銀行等に相談することで、財務制限条項抵触に伴う不利益を回避できる可能性は高い状況にあるといえるであろう。

情報開示

 このように、財務制限条項に抵触しても、直ちに借入資金の引上げ等がなされないような対応が監督官庁より要請されているとはいえ、前述のとおり、財務制限条項は、重要なものであれば追加情報として開示されることになる。

 このため、財務制限条項抵触の状況にある企業の場合は、まず企業業績の回復に努めることは言うまでもないが、コロナ禍が当面継続することが見込まれる中で財務制限条項の見直しも進めていく必要が出てくると思われる。先の、金融庁の要請でも、「コベナンツの変更・猶予に関する事業者からの相談には迅速かつ真摯に対応すること」「特に、シンジケートローンにおいては、関係金融機関が協力して一体的に対応すること」との要請がなされていることから、コロナ禍を原因とする財務制限条項見直し交渉は、一定程度進めやすい状況といえるであろう。

 もちろん、財務制限条項を開示している企業が条項の見直しに成功した場合は、当該条項の変更が開示されることになるであろう。

 この点、海外の事例ではあるが、ニューヨーク証券取引所(NYSE)上場企業であるPark Hotels & Resorts Inc.が、5月8日にリボルビング・クレジット・ファシリティ等について、早期返済なしの四半期の財務数値を対象とした財務制限条項の改定に成功したことを公表しているが、一方で将来情報に関するディスクレーマーの中で、コロナ禍の影響が最も重要な要素の1つであるとして注意喚起している。

 このように、財務諸表への注記(追加情報)や適時開示情報において、財務制限条項について開示を行うことで株主や一般投資家に対して適切な判断材料を提供していくことが、企業には求められると思われる。

おわりに

 コロナ禍の影響で企業の業績は大きなインパクトを受けている。この状況下で、財務制限条項に抵触した企業も増えていると推測される。しかしながら、金融庁からの要請が出ていることから、適切に融資先の銀行等と交渉すれば、一括返済を求められて企業存続を断念せざるを得ないという事態は回避できる可能性が高いと思われる。

 もっとも、コロナ禍にあっては、財務制限条項抵触によるペナルティーを回避できたとしても、新規融資がなければ企業活動の継続が難しくなるケースもありうる。コロナ禍における企業の資金調達については、金融庁等の当局から各種要請が発令されており、財務制限条項抵触企業においては、抵触によるペナルティー回避と同時に、新規融資についても戦略的に進めていく必要があるであろう。

 また、上場企業等においては、財務制限条項に関する情報開示を適切に行い、投資家へのタイムリーな情報提供を進めていく必要があると思われる。

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