新型コロナで債務不履行は免責されるのか:フランスの民法より

会社法務
※ウイルスはデフォルメしたイメージです。実在するものではありません。

LPA-CGR法律事務所
パリ・NY州弁護士
 戸崎愛理

フランスにおける制限措置と企業活動への影響

 フランスにおいて、新型コロナウイルス感染症は、本年2月までは中国をはじめとするアジアの危機にすぎず対岸の火事であった。ところがその後、ヨーロッパでも感染者数が増加し、フランス政府からは以下の制限措置が次々と課された。
※ なお、本稿は2020年5月27日現在の情報に基づき記載しており、それ以降発表された政府措置等は反映されていないことに留意されたい。

  • 3月4日    5,000人超の集会禁止
  • 3月13日  100人超の集会禁止
  • 3月15日  スーパー、薬局、銀行等生活に必要不可欠な業務を除き、公衆を受け入れる施設の営業禁止(飲食店、商業施設、販売店舗、展示場、美容院、スポーツジム等)
  • 3月16日  保育園、小学校から大学までの学校閉鎖
  • 3月17日  外出制限1
  • 3月18日  EU・シェンゲン圏外からの外国人のフランス入国の原則禁止 
  • 3月24日  衛生緊急事態法2の施行:7月10日まで適用3→ 政府にオルドナンス(ordonnance、委任立法)の手法でさまざまな措置をとる権限を付与

 新型コロナウイルス感染症および上記一連の制限措置により、業務を中断せざるを得ないフランス企業が多発している。たとえば、中国やイタリアから部品を納入している業者は、同国からの部品納入が途絶えたため、顧客に対して商品を提供できない事態が発生した。また、3月15日に営業禁止の対象となった業種のほか、3月17日の外出制限以降、テレワーク化が困難で、職場における勤務が認められる業務(工場等)の多くも職場の安全確保のため、業務を停止せざるを得なかった。これらの企業では、客先に対する納品やサービスの提供に大幅に遅滞が生じており、債務不履行(履行遅滞)の状況にある。

 本稿においては、これらの企業が客先に対する債務不履行に基づく責任を免れることができるかについて、フランス民法における不可抗力規定(民法1218条)、事情変更に基づく契約再交渉規定(民法1195)を手掛かりに解説する。また、3月15日の営業禁止の対象とされた企業が休業期間中の賃料を賃貸人に支払う必要があるか、また賃料を減額できないかについてもあわせて検討する。

フランス民法上の不可抗力(1218条)

(1)不可抗力の3要件

 フランス政府は、国と民間企業との公契約については、新型コロナウイルス感染拡大に起因する契約上の債務の履行遅滞に不可抗力を適用し、民間企業に対して履行遅滞による損害賠償を請求しないこととした4

 それでは、私人間の契約についても同様に不可抗力を主張できるか。フランス民法上、不可抗力とは次の場合をいう。

フランス民法1218条
 契約上の不可抗力は、契約の一方当事者のコントロール下にはない事由により、当該当事者による債務の履行が妨げられるところ、契約締結時に当該事由を合理的に予見できず、かつ、適切な手段を講じてもその影響を防ぐことができないときに認められる。
 債務履行の妨げが一時的な場合、その結果として生じる遅滞が契約の解除を正当化しない限り、債務の履行は中断されるものとする。債務履行の妨げが恒久的な場合、法の運用によって契約は解除され、1351条5……に定められた条件にしたがい、両当事者はそれぞれの債務から解放される。

 
 要するに、不可抗力の要件は、①外部事由性、②予見不可能性、③回避不可能性であり、これら3つがすべて充足されなければならない。

(2)感染症の存在と不可抗力

 H1N1型インフルエンザ6、チクングニア熱7、デング熱などの感染症に関するこれまでのフランス裁判例は、どちらかというと不可抗力の認定に消極的である。感染症が未知のものではなく予見不可能とはいえないことや、感染症が身体にもたらす影響が重大でなく、債務不履行が回避不可能とはいえないことを理由とする。

 たとえば、会社の従業員代表一行が、フランス領マルティニークへの旅行契約を旅行社と締結した後、同島のデング熱感染症発生が不可抗力にあたるとして同旅行契約を渡航直前に解約した事案では、前述の理由から予見可能かつ回避可能(渡航は可能であった)とされ、不可抗力を理由とする契約解除は認められなかった8。以上より、感染症の存在のみをもって不可抗力がただちに認められるものではないといえる。

(3)新型コロナウイルスと不可抗力

 もっとも、今回の新型コロナウイルス感染症拡大は、100年に一度の深刻なパンデミックと評され、フランス政府が前例のない強力な制限措置を矢継ぎ早にとっている点で、従来の感染症とは同一視できない。

① 外部事由性

 まず、①外部事由性であるが、新型コロナウイルス感染症および政府の制限措置は、企業のコントロール外の事由であるため、認められることに問題はないであろう。

② 予見不可能性

 ②予見不可能性が認められるかは、第一義的には契約締結時期による。昨年末までに締結された契約の場合、中国における新型コロナウイルス感染症はまだ公表されておらず、予見不可能といえる。

 一方で、フランス政府による制限措置がとられはじめた3月中旬以降に契約を締結した場合、債務不履行がフランス政府による制限措置に起因する場合には、これを予見できなかったと主張することは難しい。

 問題となるのは、主に本年1月から3月中旬の制限措置開始までに締結された契約である。こうした措置が予見可能であったといえるのはいつからか。WHOが国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言をした1月30日(日本時間1月31日)か、WHOがパンデミック宣言をした3月11日か、フランス政府が外出制限をした3月17日か……結局のところ、債務不履行の原因となった事由(制限措置等)を特定し、契約締結時に当該事由(制限等がなされること)を予見できたか否かを個別具体的に判断するしかない。

③ 回避不可能性

 ③回避不可能性が認められるためには、新型コロナウイルス感染症とそれに伴う制限措置によって、適切な手段を講じても債務の履行が不可能であったことが必要である。単に債務の履行がより困難になった、より費用がかかるようになったというだけでは足りない。たとえば、中国の工場停止により部品を輸入できなくなった場合、他国の生産者から部品の代替ができれば、債務不履行が回避不可能とはいえない。一方、営業禁止や外出制限等の制限措置のため、代替手段がなかったと主張できる場合も多々ある。

(4)契約書中の不可抗力条項

 仮に契約書中に不可抗力条項があれば、当該合意はフランス民法の規定に優先するため、同条項の内容を確認する必要がある。

 契約書中の不可抗力条項はごく一般的な規定である場合と、不可抗力といえる事由を列挙している具体的な場合がある。後者の場合は感染症が列挙されているか、列挙されていないとしても新型コロナウイルス感染症に基づく制限措置がその他の列挙事由に該当しないか、列挙事由を単なる例示列挙と解釈できないかを検討する必要がある。また、契約書中の不可抗力事由に該当する場合でも、不可抗力を主張するためには定められた形式面の遵守(内容証明郵便による不可抗力事由の通知など)が必要である。なお、契約書中、不可抗力の主張はできないという特例が設けられている場合には、当該特約が優先する。

(5)不可抗力の効果

 原則として、不可抗力は債務の履行を中断するにすぎず、債務を消滅させるものではない。したがって、不可抗力の原因となる事由がなくなった後、債務を履行するべきこととなる。

 ただし、債務の履行期限が契約上の特別な要素をなしている場合や、債務の履行がもはや不可能な場合、いずれの当事者も契約を解除することができる(フランス民法1218条)。

 なお、今後締結する契約には、不可効力事由として感染症を列挙することのほか、不可抗力による債務不履行が一定期間(1~3カ月等)を超えた場合、いずれの当事者も契約の解除権を行使できる旨を明示するとよい。

次頁では、事情変更に基づく契約の再交渉や賃料の減額について、解説する。

  1. 5月11日より外出制限が一部緩和。レストラン、映画館等一部業種を除き、すべての商店の営業再開が可能になっており、100キロ以内の移動の自由化(緩和第一段階は6月1日まで。その後は感染状況をふまえ、さらなる制限緩和の見込み)。
  2. Covid-19感染症への緊急対応に関する2020年3月23日付法律第2020-290号
  3. 衛生緊急事態延長に関する2020年5月11日付法律第2020-546号
  4. https://www.economie.gouv.fr/dgccrf/mesures-daccompagnement-des-entreprises-impactees-par-le-coronavirus-covid-19
  5. 不可抗力による債務の履行不能が恒久的な場合、債務者は債務から解放される。ただし、その場合における債務の履行が合意されていた場合、または不可抗力の発生前に履行の催告を受けていた場合は、この限りではない(フランス民法1351条)。
  6. ブザンソン控訴裁判所(商事第2室)2014.1.8 第12/02291
  7. バステール控訴裁判所(民事第1室)2018.12.17 第17/00739
  8. ナンシー控訴裁判所(民事第1室)2010.11.22 第9/00003

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