コロナ禍に起因する「事業等のリスク」の開示上の留意事項

会計・監査
※ウイルスはデフォルメしたイメージです。実在するものではありません。

有限責任監査法人トーマツ
公認会計士 山内達夫

 この記事は、「旬刊経理情報」2020年6月10日号ホット・イシュー「収束後を見据えてどう記載するか コロナ禍に起因する『事業等のリスク』の開示上の留意事項」)より執筆者の許可を得て転載したものです。

この記事のエッセンス

  • 新型コロナウイルス感染症に起因して翌期以降の事業活動に影響を及ぼし得るリスクについて、有価証券報告書の「事業等のリスク」に記載することが想定されるが、改正開示府令ではリスクの内容だけでなく対応策や経営戦略との関連性などについて経営者の視点から具体的に記載することが求められている。
  • 危機への対応段階においては、新型コロナウイルス感染症に起因する翌期以降の事業活動への影響を見通すことは難しく、目下の顕在化したリスクが継続する見通しや対応策を記載することが考えられる。
  • 感染拡大が収束しても以前と同様に事業活動を回復することは難しく、社会や人々の価値観の変化による中長期的な新しいビジネス環境(Next Normal)を見通し、経営戦略に関連するリスクマネジメント活動について説明することが期待される。

はじめに

 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令され、3月決算企業をはじめとする多くの企業において、決算業務や監査業務を例年どおりに進めることが困難になることが想定される状況を踏まえ、金融庁は、4月17日に有価証券報告書等の提出期限を本年9月末まで延長した。

 この2020年3月期の有価証券報告書においては、「経営方針・経営戦略」、「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」といった「記述情報」の充実等を定めた「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正(以下、「改正開示府令」という)が適用される。

 また、5月21日、金融庁は「新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示について」を公表し、有価証券報告書のうち非財務情報(記述情報)に関しては、新型コロナウイルス感染症の影響について「事業等のリスク」における感染症の影響や対応策、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」における業績や資金繰りへの影響分析、経営戦略を変更する場合にはその内容等の充実した開示を行うことが強く期待されている旨が示されている。

 そこで、本記事においては、改正開示府令等を踏まえ、「事業等のリスク」に新型コロナウイルス感染症に起因する事項について記載する際に考えられる留意事項について解説する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。

改正開示府令における「事業等のリスク」の記載事項

改正前の「事業等のリスク」の開示に関する課題

 従来の有価証券報告書の「事業等のリスク」の記載の多くは、ファイナンス実施後のリスクヘッジの意味合いとして、「顕在化した場合には財政状態等に影響を及ぼす可能性がある」という文章で終わる例が多かった。この背景には、開示の主たる目的が、投資家に対して株式という金融商品のリスクを事前に注意喚起することで訴訟対策とすることも一因と思われる。そのため、企業の実際のリスクマネジメント活動と、有価証券報告書の「事業等のリスク」の開示が、多くの企業では一部別ものとして捉えられていた側面も想定される。

改正後の「事業等のリスク」の開示に期待されていること

 一方、改正開示府令では、主要なリスクを具体的に記載することを求めており、具体的に記載するための項目の例として次を掲げている(図表1参照)。

① 顕在化する可能性の程度や時期
② 経営成績等に与える影響の内容
③ 対応策
④ 重要性
⑤ 経営方針・経営戦略等との関連性

 ①と②は、経営環境の洞察の結果、経営者が識別したリスクの内容であり、③と④は、識別したリスクについて優先順位を踏まえたリスクに対する管理活動(取組み)が問われている。また、⑤は企業が経営戦略で掲げている基本方針を進めることで、戦略と表裏一体にあるリスクとの紐づけを、いずれも経営者の視点で説明するものである。

 この点、開示府令では「リスク」そのものの定義については記載されていないため、戦略に影響を与える脅威(ダウンサイド・リスク)に限定するのか、機会(アップサイド・リスク)も含めた「不確実性」という意味でのリスクと捉えているのか、各企業が「リスク」をどのように捉えてマネジメント活動をしているのかといった点も問われているものと思われる。

 また、開示にあたり望ましい取組みを定めた「記述情報の開示に関する原則」(以下、「記述情報開示原則」という)では、取締役会等において、リスクの影響度や発生の蓋然性に関する議論を踏まえた重要性に応じた記載や、リスク管理区分に応じた記載を求めており、実際の企業のリスクマネジネント活動をベースにした記載を期待されている。

 これは、取締役会等は足元の短期的なリスクに対応するだけでなく、中長期的な視点から将来の内外経営環境の変化を洞察し、経営方針・経営戦略の実現に影響を与える可能性のある「リスク」をどう捉え、経営陣がそのリスクに対してどのような対応策を講じているのかを監督することが期待役割として考えられていることに起因する。

監査役会等の活動状況や、監査上の主要な事項との関連性

 「事業等のリスク」に記載された項目のなかには、監査役および監査役会/監査等委員会/監査委員会(以下、あわせて「監査役会等」という)の監査において検討すべき項目があることも十分に想定され、その場合には、監査役会等が当該リスクに関する執行側の管理体制や枠組みを把握・評価する等の監査手続を実施することになる1

 さらに、「事業等のリスク」が将来の財政状態および経営成績に影響を及ぼす可能性がある(非財務情報は「将来の財務情報につながる情報」ともいえる)ことから、独立監査人の監査において検討すべき項目があることも十分に想定される2

 よって、事業等のリスクに記載するリスクのなかには、2021年3月期から適用される(2020年3月期から早期適用も可能)独立監査人の監査報告書における「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)」(KAM)として記載する事項と関連するようなリスクがあることも想定されるため、関連性を踏まえ各種開示項目の整合性を意識することが必要となる(図表2参照)。


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  1. この点、日本監査役協会の監査役監査基準1条2項において「監査役は、企業規模、業種、経営上のリスクその他固有の監査環境にも配慮して本基準に即して行動するものとし、監査の実効性確保に努める」ことが求められている。
  2. 監査基準 第三 実施基準では、「監査人は(中略)企業及び企業環境を理解し、これらに内在する事業上のリスク等が財務情報に重要な虚偽の表示をもたらす可能性を考慮」することが求められている。

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