感染症と「死」、そして企業経営②-三越・主婦之友・生協はなぜ誕生したか

Opinion

戦前の日本における企業と消費者(続き)

死の影の下にある消費者の2つの行動パターン(再掲)

自分の死により家族の収入が途絶える(あるいは死には至らなくても病気により仕事を続けられなくなり、収入が途絶える)可能性を考え、消費を減らして貯蓄を増やす
(家族に収入がある場合、あるいは家族がいない場合等家族のことを考えなくてもよい場合には)貯蓄をしても自分が死んだ場合には意味がないので、貯蓄を減らして現在の楽しみのために消費を増やす

生協の創設-コープこうべ

 さて、このような代理部を通じた通信販売が普及したとしても、いわゆる生活必需品、特に食料等はこの経路で手に入れることは難しいだろう。それでは、①のような消費者が安心して生活必需品を得る手段はあったのだろうか。このような手段としては、消費組合(購買組合)を挙げることができる(これ以外に小売市場といわれる、建物を作って小売商に貸す形態の市場も重要であるが、これは大阪を中心に広がったものの、必ずしも全国で広く利用されたわけではないためここでは省略する。廣田他前掲書、第7章参照)。

 消費組合あるいは購買組合とは、現在でいう消費生活協同組合(生協)のことである。日本での最初の生協は1879年に設立された共立商社等であるとされるが、これらの組織あるいはその後作られた組織は、いずれも短命に終わっていた(日本生活協同組合連合会『現代日本生協運動史』上, 2002, pp. 28-36)。

 現代につながる生協の起源は、スペイン風邪の流行期である1919年頃から作られはじめた一群の消費組合であるとされる。1920年には大阪ですでに存在していた購買組合を改組して浪速購買組合が作られ、同じ年に購買組合共益社、1921年には神戸購買組合・灘購買組合が作られている。東京でも1919年に家庭購買組合(吉野作造、藤田逸男らが設立し、戦前期の最大の生協となる)、月島購買組合、1920年に共働社が設立されている。

 このような動きの中心となったのが、キリスト教の牧師で社会運動家、また当時ベストセラーとなった『死線を越えて』の作者として知られる賀川豊彦である。賀川豊彦が設立にかかわった購買組合共益社は大阪における代表的な購買組合とされ、また同じく設立にかかわった神戸購買組合・灘購買組合は合併して灘神戸生協となり、現在コープこうべとして生協の代表的存在となっている。この共益社の綱領をみると、組合員のために「実用本位の日用品を廉価に供給」することが大きな目的とされており、実際にこの共益社や神戸購買組合・灘購買組合でも生活必需品である米・味噌・醤油等を取り扱っている。さらに、神戸購買組合や灘購買組合では精米、味噌・醤油の製造が行われている。

 消費組合は経営がうまくいかなかったものも多く、上記の共益社も創立から4年後の1924年には解散の危機に瀕しているが、このような購買組合の活動により、①のような消費者に一定の品質の生活必需品を供給できたといってよいだろう。

「コロナ後」の消費者―企業関係

評判とネットワーク

 以上、死の影の下にある消費者が騙されることを避ける、売り手からすれば顧客の不安感や不信感を乗り越える仕組みとして、百貨店、出版社の代理販売、消費組合について述べてきた。それでは、これらの仕組みの特徴とは何なのだろうか。

 これらの形態に共通するような特徴としては、信用できるという「評判」「ネットワーク」の利用を挙げることができる。

 百貨店は言うまでもなく、信頼できる商品を供給するという評判で成り立っている。百貨店側も、この評判に基づいて、②のような顧客には高品質の商品を売ることができ、また①のような消費者もある程度引き付けることができる。またそれだけでなく、外商のような形で顧客とのネットワークを作ることで、騙すと優良顧客を失うことになるため、信頼できる商品を供給するようになる。

 出版社の代理販売もまた、雑誌の持つ評判、例えば「主婦之友」であれば主婦に対して実用的で有用な知識を提供する雑誌であるという評判があり、この評判に基づいて通信販売が成り立っていた。また、それだけでなく、読者と編集部のネットワーク、というより現代でいえば読者と編集部のコミュニティが、この通信販売をより信頼できるものとし、また通信販売そのものの内容も拡大させていった。

 消費組合はそれ自体は評判を利用しているわけではないが(ただし、帝大教授であった吉野作造やベストセラー作家であった賀川豊彦の名前は利用しているといえるかもしれない)、労働者を組織化し、その相互扶助の組織として組合を形成するというのは、まさにネットワーク化ということができるだろう。

 すなわち、死の影の下で、消費者が騙されることを防ぐ仕組みとして、評判とネットワークというものがあったことになる。

実店舗、既存の評判・ネットワークの活用、コミュニティの形成…

 さて、それではこのことは、「コロナ後」の社会に対してどのような意味を持つだろうか。

 先に、戦前の社会と「コロナ後」の社会の類似点は、「死」を日常の中で感じる社会であることであると述べた。しかし、実は戦前の社会と「コロナ後」の社会は別な点でも似てくることが予想される。それは、コロナ後に実店舗の利用が減り、インターネット上の販売がより利用されることで、顧客が騙される機会が増大することである。

 実店舗があれば実際に商品を見ることができ、また実際に店舗があることで、少なくとも実店舗を建設できるだけの資金と信用があることも(一応は)わかる。また、実店舗があれば逃げることは難しい(夜逃げ的な状況はありうるにせよ)。ところが、インターネットでは実物を見ることはできず、また誰でも売り手になることができる。さらに、ネット上の販売であれば逃げることも簡単である。実際、新型コロナウイルスの感染拡大の時期に、マスク等のインターネット上の詐欺的な商法について警告がなされたのは記憶に新しい(例えば「ネット通販、マスク届かないトラブル続発 アマゾンでも」朝日新聞デジタル2020年5月2日)。

 こう考えると、コロナ後の社会においてこそ、上のように顧客が騙されることを防ぐ仕組み、売り手からみれば顧客の不安感や不信感を乗り越える仕組みが重要になってくる。

 それでは、どのようにすればそのような仕組みを作ることはできるだろうか。もちろん、「評判」や「ネットワーク」を作りだすのが基本的にはよいのだが、売り手からみれば、評判を確立するには基本的には取引を積み重ね、顧客からの信頼を獲得する必要があるため、簡単ではない。

 1つの方法としては、上に述べた実店舗を作ることで信頼を獲得する方法があり、壮麗な三越百貨店本店ビル(1914年竣工)等はこのような意味で信頼を獲得する方法だったと考えることもできる。しかし、実はこれも騙そうとする側がある程度投資する気になれば実店舗を作ることは可能である(さすがに三越本店ビルを作ることはできないだろうが)。なので、実店舗のある店から購入する(売り手側は実店舗を作る)というのは可能な方法ではあるが、これだけでは十分ではない。

 上の戦前の事例が示唆するもう1つの方法は、売り手側が他の形ですでに持っている評判やネットワークを利用(転用)することである。三越はすでに呉服店として十分な評判を得ており、これを引き継ぐ形で百貨店の評判を獲得した。また、「主婦之友」等の出版社は読者というネットワークを、代理部を通じた販売にも利用したといえるだろう。このように、現在持っている評判やネットワークを利用することで、信用を獲得することができ、顧客側でもこれを信用して商品を購入することができる。

 しかし、もちろん、このような形で利用できる評判やネットワークを持たない企業のほうが多いだろうし、あるいは持っていてもうまく利用できていない企業も多いだろう。そのような企業が消費者に信用されるためにはどうしたらよいだろうか。上記の消費組合の事例をみると、評判を持たなくてもネットワークを作っていくことで、企業(売り手)が顧客から信用されるようになる可能性を指摘できる。ただし、購買組合共益社が経営に苦しんだことからわかるとおり、ネットワーク化だけで顧客が信用して購入するようになるとは限らない。

 むしろ、「主婦之友」の成功からは、「主婦之友」のように顧客との間にコミュニティを形成する形が好ましいことが示唆される。現在、ネット技術の進歩で顧客に対してポイントを付与したり、メールを送ったりということは簡単にできるようになっているが、それだけにかえって顧客と企業との関係は薄くなってしまっているともいえる。「コロナ後」の不安な時代であるからこそ、顧客をコミュニティに取りこみ、顧客との信頼関係を作っていくような経営が必要なのではないだろうか。

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