コロナと戦う開示⑥: 三菱製鋼、総会資料で会計上の見積りの仮定を開示

Opinion

データアナリスト 三井千絵

 多くの企業で新型コロナウイルス感染拡大の深刻な影響が生じているが、いくつかの企業の業績は「コロナ以前」にすでに悪化していたし、感染が拡大し世界中の都市が麻痺していくのと同時並行で原油価格の暴落も生じていた。そうした「コロナ以前」に減損等が生じていた企業にとっては、そのダメージはより大きなものとなったかもしれない。

 三菱製鋼はこの一連の影響が始まる直前の第2四半期、2019年11月に業績予想を修正し、2020年3月期を赤字見通しとしていた。その後、中期経営計画を策定し、事業を立て直そうした矢先にコロナ禍が押し寄せ、決算も遅れた。今回は、そんな企業の株主総会資料を取り上げたい。

業績悪化時に追い打ち

第2四半期決算ですでに減損計上

 三菱製鋼は、自動車用ばねや特殊鋼材の販売不振で、半年前に業績予想を修正し大幅赤字と無配を発表していた。第2四半期の段階ですでに148億円の減損を計上していたのだ。この時の決算説明会資料では、この原因を事業環境の影響だけでなく、自社の要因、すなわち製造プロセス改善の遅れ、調達戦略の脆弱さ、技術開発による新製品市場投入の遅れといった問題も大きいと分析し、そうした「事業の反省」を反映させた新中期経営計画を策定することを宣言していた。

 業績悪化の要因分析については、ウオーター・フォールチャートを用いて、セグメントや主要事業ごとに前期からの業績の変化を示しながら、自社の失策や問題点を非常に精緻に述べている(21~28頁)。減損損失148億円のうち、インドネシアの特殊鋼鋼材事業が3分の2(90億円)を占め、ドイツ、米国、中国など世界各国のばね事業が残りのほとんどを占めている。

 それぞれの事業の売上の落込み要因についても、ウォーター・フォールチャートの横に示しており、たとえば「新規モデル切り替え時の失注により受注減」などとつまびらかに説明している(9頁など)。そして今後の対策として、事業動向等を分析し「事業の反省」を述べ(44、45頁)、今期中の緊急施策と、2020年から始まる新しい中期経営計画に向けた方針を述べていた(46、47頁)。だが、こうした記載を行った数カ月後に新型コロナウイルスが襲いかかってきたのだ。

3月決算の発表、新中計にコロナの影響含まれず

 昨年の決算発表日は45日ルールぎりぎりの5月14日だったが、今年は決算を遅らせて5月22日だった。同日、米国の工場を閉鎖し、そのリストラ費用を特別損失として翌年の決算に計上することを発表した。その1週間後の5月29日に決算説明資料(「2020年3月期決算概要及び『2020中期経営計画』」)を公開した。

 第2四半期決算と同様、ウォーター・フォールチャートを用いて、セグメントや主要地域ごとに前期からの変化を詳細に説明する(5~15頁)。前四半期からの要因による減益が大きいとはいえ、新型コロナウイルスの影響がある場合はそれも記載されている(影響額などの具体的な数字は書かれていない)。

 また、業績の早期改善のために取り組んだ固定費削減や役員報酬の返上といった「緊急施策」を説明し(20頁)、続いて「新型コロナウイルス感染症への対策」を説明している(21頁)。そして、資料の後半では、第2四半期に策定した新中計について解説している。

 この点、2022年までの3カ年計画の数値に新型コロナウイルス感染症の影響は含んでいないと述べられている。それが現時点で適切なのか、総合的にみて現在この中計が評価に値するかどうかはわからない。ただ、本来は中計に用いた前提が会計上の見積りの前提と一致していないと、数値目標の達成時になにかと苦労するのではないか(この点は後述したい)。

 ただ、今回は感染拡大の影響が不透明な状況の中で中計が作成されたこともあって、タイミングが悪かったとは思うので、今は「織り込んでいない」と明確に開示することが重要であろう。

資料の説明の多さに驚かされ・・・

 この決算説明資料を複数の投資家、セルサイドアナリストに見てもらったが、みな資料の多さに注目していた。事業の見通しが明るくないためかどうかは不明だが、投資家の中には、「投資対象として魅力を感じるかと聞かれたら“ノー”かもしれない」と正直に言う人もいた。一方、セルサイドアナリストはみなただ感心していた。

 決算説明資料に比べ、決算短信のほうは比較的最低限の記載だ。新型コロナウイルスの影響も、業績については「足元、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響による、メーカー各社の生産一時停止や需要の急減があり、現在も先行き不透明な状況が続いております」という表現にとどまっている(2頁)。日本基準であるうえ、新型コロナウイルス以外の理由ですでに減損損失を計上しているためか、会計上の見積りの注記もない(「コロナと戦う開示③:事業の将来を見据えたAOKIの追加情報開示」参照)。今後の見通しとして、「現段階では感染拡大による影響や収束の時期を見通すことはできない状況にあります」と書かれているのみだ(3頁)。

 PL、BS等の主要財務諸表に加え(5~12頁)、「会計方針の変更」として子会社が適用しているIFRS第16号「リース」の適用が説明された後、報告セグメントごとの売上高など主要な数値、減損損失といった「セグメント情報等」が記載され、「1株当たり情報」へと続く(13~15頁)。これは、昨年とほぼ同じで頁数も変わらない。

株主総会資料に「会計上の見積り」を追加記載

 5月22日の決算短信、29日の決算説明資料の発表に続き、6月8日、三菱製鋼ウェブサイトに株主総会招集通知と、ウェブサイト掲載事項が公表された。後者に示された連結財務諸表注記には、決算短信で記載されていなかった「追加情報」が掲載されていた。ここで「新型コロナウイルス感染症の感染拡大における会計上の見積りの仮定に関する追加情報」を掲載しており、これによると「主要顧客の需要減は2021年3月期第2四半期…まで続く」と見積っている。しかしそれも「第1四半期末で底を打ち」、その後は徐々に回復、第3四半期下期以降は回復するというシナリオであることを明記している(3頁)。

(出所:三菱製鋼株式会社「第96回定時株主総会ウェブサイト掲載事項(連結注記表、個別注記表)」)

 三菱製鋼の開示は、基本的に丁寧で、全体的に自己に厳しく、正直に記載している感じを受ける。しかし、ここに「追加情報」を記載したことについて、複数の投資家、セルサイドアナリストはみな驚きを隠さなかった。

 金融庁が「追加情報」の開示の重要性を訴えたのは5月21日で(「新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示について」)、すでに翌日発表予定の決算短信は出来上がってしまっていたことだろう。それに三菱製鋼の場合は、第2四半期決算から継続してみていると、新型コロナウイルス感染症による影響のウェイトは、減益全体の中では大きくないように読める。だから詳細な情報を書かなかっただけかもしれない。あるいは、会計上の見積りは監査済みの財務諸表に注記すべきと思ったのかもしれない(株主総会資料には(会社法が求める)監査報告書が付属する)。

 それでも、5月21日の金融庁の要請や、投資家の意見を聞いて株主総会の資料で追記したのだとしたら、感染拡大の中にもかかわらず、少しでも事業の状況を伝えようと模索しているようで評価できる。期末の決算説明資料だけを見た投資家は「コロナの影響が詳しく書いていない」と感じたようだ。だから、この「追加情報」は非常に意味のある開示だったといえるだろう。

有価証券報告書に向けて

 三菱製鋼は前述のように2022年までの3カ年の中期経営計画に新型コロナウイルス感染症の影響は含んでいないと述べている。その一方で、今般の追加情報の記載においては「新型コロナウイルス感染症の感染拡大における会計上の見積りの仮定に関する追加情報」として「主要顧客の需要減は2021年3月期第2四半期…まで続く」などとされている。

 上述したとおり、本来は中計作成時に用いた前提と会計上の見積りの前提とが一致していないと、中計の数値目標を達成しようとした時、無理が生じるのではないだろうか。確かにタイミング的に難しかったかもしれないが、金融庁が5月21日の発表で指摘しているように、有価証券報告書においては、この見積りの前提が他の非財務開示と整合していることが求められる。

 とはいえ、三菱製鋼の場合は、株主総会資料で開示を一歩進めたことにより、今後の事業への影響について投資家と議論を深めることができるかもしれない。新型コロナウイルス感染症の影響が去っても困難が続きそうではあるが、そんな状況下においても引き続き透明性の高い開示を期待したい。

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