コロナと戦う開示⑨:LIXILの有報にみる事業等のリスク・追加情報の開示

Opinion

野村総合研究所 データアナリスト
三井千絵

 東京都では、新型コロナウイルスの新規感染者数が100人を超える日が続いている。このような中で、予定どおり6月末に株主総会を開催した企業の有価証券報告書が次々と開示されている。今年は、金融庁が数年越しで取り組んできた事業等のリスクやMD&Aの記載の充実(開示府令の改正)、さらにこの春からやはり金融庁が呼びかけているコロナ禍による会計上の見積りの仮定に関する開示(参考記事)など、注目すべき項目も多い。

 株式会社LIXILグループ(以下「LIXIL」)は、6月30日に株主総会を終えたが、翌7月1日に有価証券報告書を提出し、これが全体的に優れた記載であると投資家に評価されている。そこで、同社の有価証券報告書の中から事業等のリスクと会計上の見積りについて取り上げたい。

事業計画への影響度と発生可能性の開示

リスクの分類とマッピング 

 LIXILの「事業等のリスク」の記載は、次のように始まっている。

「事業活動に影響を与える可能性のあるリスクを洗い出し、・・・グループ共通の基準(事業計画への影響度と発生可能性等)で評価を行い、グループ内での事業規模の違いや外部環境の変化等に基づき、・・・リスク間の相対的な関係を考慮した上で対処すべきリスクの優先順位を決定する」

㈱LIXILグループ「2020年3月期有価証券報告書」18頁

 続けて、リスクをモニターする体制について説明し、影響度、発生可能性、重要性について前年からの変化をリスクマップに一覧化した上で各リスクの詳細な情報を記載している。また他の記載内容は会計年度期末現在のものだが、新型コロナウイルス感染症に関する事項は、「可能な限り提出日時点に近い情報とするべく、2020年5月末現在において当社グループが判断したもの」としている。

 「新型コロナウイルス感染症に関わるリスク」以外の、例年注視しているリスクについて番号を振って分類し、それぞれの発生可能性と影響度をマッピングし、前年と比べて重要性が増加したものや新たなリスクをハイライトしている。

 それぞれのリスクは、①戦略リスク(事業横断的なリスク、事業特有のリスク)と②オペレーショナルリスクに分類されている。たとえば、(1)の「経済状況の変動に関するリスク」は、①戦略リスクのうち、事業横断的なリスクとされ、その内容として住宅着工戸数や建設工事受注残高、物価、景気などがあげられている。このリスクは発生可能性も高く、影響度も高いとされており、対応策として中高級品市場への拡販、リフォーム戦略の強化などがあげられている。経営方針等との関連性として、「①持続的成長に向けた組織を作る」1に関連し、「事業領域を再定義し続ける」との姿勢が示されている。

 事業等のリスクについて、その影響度、発生可能性の評価をあわせて開示する方式は、一部の海外企業のKAM(Key Audit Matters、KAMの早期適用についてはこちらの記事も参照)の記載にみられるものであり、国内でもリスクの説明方法として望まれていたものである。LIXILは、それらを数量的な情報として示してはいないものの、会社が考えるリスクの優先順位が可視化されて非常にわかりやすく、そのうえ対応策や経営方針との関連まで明記されており、投資判断に有益な情報となっているといえよう。

㈱LIXILグループ「2020年3月期有価証券報告書」20頁

新型コロナウイルス関連リスクの記載

 またこれらのリスクのマッピングのほかに(別建てで)「新型コロナウイルス感染症に関するリスク」が記載されている。

 まず新型コロナウイルス感染症に伴うリスクをLIXIL経営陣がどうみているかが説明され、対応策として、従業員・家族の安全確保(出張・移動・出社の制限、テレワークの環境整備・運用)や社会への貢献(マスクの提供など)、事業活動継続の取組み(調達・生産状況の把握と対応など商品の安定供給)、財務上の施策(コミットメントライン、コマーシャルペーパー、設備投資実行時期の見極め、販管費の低減など手元流動性の維持)といったことがあげられている。

㈱LIXILグループ「2020年3月期有価証券報告書」19頁

 なお、経営成績・財政状況に対する影響については、「第5 経理の状況 1 連結財務諸表等 (1)連結財務諸表注記 5.追加情報」に示したと述べ、追加情報を参照するように促している。そこで次節では、この追加情報についてみていきたい。

追加情報の記載

 IFRSを適用するLIXILの連結財務諸表注記はかなりの量がある。そのため、前述の追加情報は報告書のかなり後ろのほう(111頁)に記載されている。具体的には、「新型コロナウイルス感染症拡大に伴う会計上の見積りについて」と題し、この追加情報だけで半頁以上が割かれている。

 内容をみてみると、出荷状況が10%減少していること、新築住宅着工戸数がさらに減少するおそれがあること、一方中国では生産、営業が再開できていること、海外拠点全体では前年同期比の30%減であること等が示されている。

 その上で、のれんおよび固定資産の減損テストに用いた《一定の仮定》として、国内および海外の大半の地域の事業は翌連結会計年度の下半期のうちにコロナ禍以前の水準まで業績の回復がみられる、としているものの、海外の一部の地域では業績の回復まで1年から3年の期間が必要であると記載している。

5.追加情報
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う会計上の見積りについて


 当連結会計年度における新型コロナウイルス感染症拡大による影響は、国内外の一部の地域において生産活動や営業活動の停滞を余儀なくされたものの、当社グループの業績に与える影響は限定的でありました。一方で、翌連結会計年度に入ってからその影響は徐々に顕在化しつつあります。

 国内事業においては、緊急事態宣言下では戸建住宅の施工現場は概ね通常通り稼働しているものの、都市部の建設現場では工事の中断が発生したことから、2020年4月度の国内における商品出荷については概ね前年同期比10%の減少となっておりました。しかしながら、新築向け商品の販売状況は先行指標である新築住宅着工統計に概ね連動しておりますが、新型コロナウイルス感染症拡大に関連した様々な社会的・経済的影響により、新築住宅着工戸数がさらに減少する可能性があります。また、リフォーム向け商品は居住中の住宅での施工が必要となることから、社会的距離の確保が必要とされる状況において、足元の受注に影響が出始めており、今後の業績への影響を注視する必要があります。

 海外事業においては、既に中国国内の全ての子会社が当局の許可のもと生産、営業を再開しております。また、ロックダウン(都市封鎖)が行われている地域においても、営業拠点などでは、在宅勤務への移行により通常業務の維持に努め、お客様への当社グループ商品及びサービスの安定供給を行っており、生産拠点については、従業員の安全と健康の確保のため、各国・地域自治体などの指導に従い一部の工場では一定期間生産を停止しておりましたが、足元では大半の工場が稼働を再開している状況であります。しかしながら、海外拠点における2020年4月度の商品出荷状況は、全体では概ね前年同期比30%の減少となっており、新型コロナウイルス感染症拡大に関連した様々な社会的・経済的影響による今後の業績への影響を注視する必要があります。

 このような状況の中、新型コロナウイルス感染症の影響については会計上の見積りの参考となる前例がなく、今後の広がり方や収束時期等について統一的な見解がないため、今後の当社グループ業績への影響を予測することは極めて困難ではありますが、ある一定の仮定を置いた上で、繰延税金資産の回収可能性の判断や、のれん及び固定資産の減損テストの判定などの会計上の見積りを実施し、会計処理に反映しております。なお、一定の仮定としては、国内及び海外の大半の地域の事業は翌連結会計年度の下半期のうちに新型コロナウイルス感染症拡大前の事業計画の水準まで業績の回復がみられるものとしておりますが、海外の一部地域の事業においては回復まで1年から3年の期間を要するものと想定しております。

 なお、新型コロナウイルス感染症拡大による経済活動への影響については不確定要素が多く、上記の仮定に状況変化が生じた場合には、当社グループの財政状態及び経営成績に少なからず影響を及ぼす可能性があります。

㈱LIXILグループ「2020年3月期有価証券報告書」111頁

 リスク情報でも、財務情報(の注記)でも、新型コロナウイルス感染症の影響と対応策を具体的に盛り込んだLIXILの記載は、参考にすべき開示例の1つといってよいのではないだろうか。

 なお、コロナ禍とは直接関係するものではないが、前日に開催された株主総会の招集通知(6頁)には、人々が感染症の危険にさらされている地域、すなわち発展途上国などに簡易型トイレを出荷するプロジェクト(「みんなにトイレをプロジェクト」)について記載されており、こうした社会的な取組みにも好感が持てる。株主総会自体は30分かからずに終了していたが、株主からの応援の声も聞かれたところである。すぐに第1四半期の開示が迫っているが、引き続き注目したい。

  1. 同社の「中期計画の4つの柱」として、①持続的成長に向けた組織を作る、②魅力ある差別化された製品の開発、③競争力あるコストの実現、④エンドユーザー・インフルエンサーへのマーケティングが掲げられており(15頁、16頁)、ここではこの4つの柱とリスクとの関連性を示している。

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