コロナと戦う開示⑩: HISの四半期開示 リスク情報・追加情報

Opinion

野村総合研究所 データアナリスト
三井千絵

 7月22日より国内観光需要喚起を目的とした「Go To Travelキャンペーン」(観光庁HP)が計画されている。感染第2波ともいわれる新規感染者数の増加のなか、賛否両論だ。しかし、観光が主力産業となっているEUのいくつかの国も、日本からの入国制限を解除している1。いずこの国も人の移動を絶えさせないよう、この産業に復活の火を灯そうと試みているのだ。

 ㈱エイチ・アイ・エス(以下、「HIS」)は旅行事業、ホテル事業、ハウステンボス等を営み、このコロナ禍の大きな影響を受けた1社だが、6月24日に第2四半期決算(2020年10月期、決算説明会資料決算短信)を発表し、7月6日に第2四半期報告書を提出した。その開示には、事業をどうやってやりくりするかが淡々と書かれていた。

(出所)HISホームページ

減益を淡々と説明する決算説明会資料

 前述のとおり、HISは旅行事業のほかハウステンボスグループやホテル事業、エネルギー事業も営むが、売上高の9割は旅行事業が占めている。その旅行事業の第2四半期の売上高は、前年度比88.9%であった。エネルギー事業などが前年度比150%と伸びているが全く穴埋めにはならない。決算説明会資料の4頁では、投資有価証券を売却し最終損失を少し緩和させている様子を、営業利益から純利益までを並べたウォーター・フォールチャートで示している。

 続けて5頁、6頁では、各セグメントのPLについて、直近1年半の推移を四半期ごとに示している。なお、最大セグメントの旅行業については、サブセグメント(国内旅行、海外旅行、訪日旅行など)ごとのPLも同様に説明している。昨年の第2四半期・決算説明会資料では、GWの旅行者の推移などを示していたが、今年は掲載していない。

業績予想は、第1四半期とはうってかわって未定に

 昨年であれば業績予想をセグメントごとに出していたが、「新型コロナウイルス感染症の終息時期が不明な現時点では、業績見通しを合理的に算定することが困難」として、2020年10月期の連結業績予想を未定としている(16頁)。3月2日に発表した第1四半期・決算補足説明資料(8頁)では「新型コロナウィルスの影響については、今後も不透明であるものの夏期に終息すると仮定し、7月まで影響が残ることを前提に業績予想を修正」として開示していただけに、少し残念である。

 なお、昨年の資料では業績予想のセクション(「2. 2019年10月期 業績予想 及び 今後の取り組み」)が設けられていたが、今年は未定となったため、「今後の経営方針」というセクションが新たに設けられ、その冒頭に未定であることが示されている。

新型コロナウイルスの影響とリスクマップ

 その次の頁(17頁)では、「新型コロナウイルスの影響」という見出しを付して、リスクマップを掲載した。

(出所)HIS「2020年10月期 第2四半期 決算説明会資料」17頁

 縦軸に事業規模、横軸に新型コロナウイルスの影響を置き、そして円の大きさで収益規模を表現している。詳細な分析を示しているわけではないが、事業規模・収益規模の大きい旅行業で新型コロナウイルスの影響が大きいということが直感的にわかるように示されている。

新型コロナウイルスへの対応策

 そして次頁(18頁)では、「当社グループの対応策」を経営面と感染拡大防止に分けて記載している。経営面ではコスト削減の徹底手元流動性の確保をあげている2。また感染拡大防止については、①従業員勤務体制、②お客様向け対応、③取引先等への対応に分けて、対応策を述べている。

 ①については、基本的に全社員を特別休業(休業中の手当が気になるところだ)とし、一部業務が必要な社員を在宅でのテレワークにしていること、②については、オンライン・コールセンターによる非接触の接客を基本とし、安全対策を施しつつ一部主要都市で店舗を再開したこと、③については、互いの移動負担・リスクを低減するため、直接対面を避けて、WEB・電話会議での対応を中心としたことを述べている。

旅行市場復活に向けたあらゆる取組み

旅行市場の回復シナリオ 

 続けて、27頁以下(「4.旅行事業の取り組み」)では、旅行事業の今後の見通しについて、国連世界観光機関が発表した2020年の国際観光客到着数に関する3通りのシナリオを示したうえで、旅行市場の回復シナリオを、「予測不可能も、ワクチン開発や感染症の縮小とともに中長期的に回復へ」向かうとする(27頁)。

 そして、レジャー旅行需要の見通しについて、近隣国内旅行→遠方国内旅行→海外旅行・訪日旅行の順に回復すると想定し、当面の主軸を国内旅行へ据え、海外旅行に関わるリソースを国内旅行市場へ再配置し、社内体制を整備するとした(28頁)。また、「Go To Travelキャンペーン」で需要を獲得することを目指すとも述べている。

 一方で今後の海外旅行需要の見通しを方面別にフェーズ分けし3、海外269拠点のグローバルネットワークを生かし、各国の出入国の最新情報を提供し、海外旅行のシェアの拡大を目指すといった取組みを説明している。確かに、どの国で入国制限しているのかもよくわからないような状況では、自力で情報を集めて海外旅行をプランニングするのはリスクもある。旅行に出かけた後も、どのように状況が変化するかを予想できない。近年、旅行業では格安競争が続いていたが、もしかしたらしばらくは手間や安全を考えて、専門性を求める消費者が増えるかもしれない。

新需要の創出への挑戦:オンライン体験ツアー

 面白いのが、新需要の創出を狙ったオンライン体験ツアーの取組みだ。商材の一例として、価格10ドルのペルー・マチュピチュへのオンライン旅行(商品説明には「行った気になる観光セミナー~天空の遺跡マチュピチュ~」とあり、そそられる)が紹介されている。これは、オンデマンドの映画をみるような感覚で楽しめるのかもしれない。地域限定ではあるが、オンラインツアーと組み合わせた食事やお土産の配達もある(33頁、下記スクリーンショット参照)。また、こうした旅行商品を定額で提供するサブスクリプションモデルを試験導入するといった取組みも行うようだ。

(出所)HISホームページ

 そのほか、ECサイトの充実や海外リモート出張代行4といった取組みもあげられている(34頁)。こうした取組みは、19頁で説明された経営方針――今後は旅行業以外にも、エネルギー、不動産、商社・物販、農業といった成長領域に経営資源を投入し、より強固な事業ポートフォリオの構築を目指す――を実践するものといえるのではないか。

 続けてハウステンボスグループやホテル事業など各セグメントの取組みが紹介されている。

 このようなHISの開示について、旅行業分野を担当していない投資家やアナリストは、(非常に大変な状況であるにもかかわらず)「四半期にしてはよく説明している」と好感を抱いているようだ。しかし、HISは普段からホームページ上で月次の状況を開示していることもあり、旅行業に詳しい投資家の評価は「普通」だった。

 それでも、旅行業は、インバウンド需要の中核ともいえ、その復活への取組みに期待したいところだ。

次頁では、四半期報告書におけるリスク情報・追加情報の開示を紹介する。

  1. フランス、オランダ、ギリシャ、イタリア、クロアチア、ラトビア、ルクセンブルク、キプロスが7月4日までに日本からの観光やビジネス目的の入国制限を解除しており、スペイン、スウェーデン、リトアニア、マルタ、スイス、ベルギー、アイスランドも近く解除される見通しであることが報道されている(日本経済新聞7月4日付)。
  2. 20頁以下(「3.当面の財務方針」)では、経費削減や設備投資の見直しなどが説明されている。前者については、人件費を20%カットすることなど、今後のコスト構造の見通しが述べられている。後者については、システム投資やホテル不動産の設備投資への変更額を示し、新規の資金調達(メジャー銀行からのコミットメントライン)を説明している。
  3. 第1フェーズ:グアム・台湾・ベトナム、第2フェーズ:オセアニア・ハワイ・韓国・その他アジア、第3フェーズ:ヨーロッパ・中近東、第4フェーズ:アメリカ・中南米・アフリカ
  4. 出張先で行う予定だった業務をHISの海外拠点スタッフが現地で代行またはサポートするサービス。

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