コロナと戦う開示⑮従業員が奏でるAnother Sky、ANAの取組み

会計・監査

データアナリスト
三井 千絵

 コロナ禍が事業の根幹を揺るがす大打撃になった業種は少なくない。ホテル・観光産業、外食、イベントなど枚挙にいとまがないが、その中でも航空産業への影響は極めて大きく、今もなお苦しい。筆者は10月に、羽田空港のかつての国際線旅客ターミナル(現・第3旅客ターミナル)に立ち寄ってみた。人っ子ひとりいないチェックインカウンターが延々と続き、表示されたフライトのほとんどが運休と表示される、過去に見たことがない光景であった。

コロナ禍の影響が直撃した航空会社

 ANAホールディングス株式会社(以下「ANA」)が、客室乗務員約5,000人を4月から一時的に(1カ月当たり数日)休業させることを労組に提案したというニュースを複数のメディアが報道したのは3月19日だった(NHKニュースなど)。国際線の約60%、国内線の10%あまりで減便や運休が計画されていたためだ。2020年はオリンピックによる需要増加を見込んでいたところであったが、コロナ禍により海外との行き来を封じ込めるという未曽有の事態となった。4月3日には日本政策投資銀行(以下「DBJ」)への融資要請が複数メディアで報じられた(日本経済新聞2020年4月3日WEB版など)。海外では政府による航空会社への救済措置がとられており、たとえば米国では強制的な解雇や休職を禁止する代わりに1社当たり5,000億円を上回る助成金が与えられている(日本経済新聞2020年10月2日WEB版)。一方で、日本の航空会社はというと、自力で資金調達をしながら、雇用維持を掲げて社員の一時帰休やボーナスカット、他社への出向といったやりくりを続けている。

 ANAが4月28日に行った2020年3月期決算説明会では、5月は当初計画に比べ、国際線旅客事業は8割以上減少、国内線旅客事業は6割以上減少する見込みであることと、客室乗務員や地上職を対象とした一時帰休制度を4月から導入済であることが説明された。それらにあわせ役員報酬、管理職賃金の減額によって人件費を抑制し、手元流動性を確保するために4月に1,000億円の借入れを行うことと、コミットメントラインを既存の1,500億円に加えて3,500億円締結することが述べられた。その後実際に、5月28日にはDBJからの3,500億円の借入れ、10月27日には4,000億円の劣後特約付シンジケートローン、11月27日には新株発行による最大3,321億円の資金調達が行われたことが発表された。

危機の時ほど重要な「事業のリスク」の開示

 7月17日、ANAは有価証券報告書を提出した。「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」において、経営環境として新型コロナウイルス感染症の拡大による甚大な影響を挙げ、今後もこの状況が続きさらに世界経済を下ぶれさせるリスクもあると率直に述べている。そして対処すべき課題として、人件費や設備投資費の抑制、手元流動性の確保を簡潔に示し、続く「事業等のリスク」では、2020年3月期から適用となった「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(平成31年内閣府令第3号;以下「改正開示府令」)にあわせ、昨年とは異なる新しい開示を行っていた。

「企業内容等の開示に関する内閣府令」第二号様式記載上の注意(31)事業等のリスク
届出書に記載した事業の状況、経理の状況等に関する事項のうち、経営者が連結会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フロー(以下a及び(32)において「経営成績等」という。)の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク(連結会社の経営成績等の状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項をいう。以下aにおいて同じ。)について、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載すること。記載に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載すること。
提出会社が将来にわたって事業活動を継続するとの前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況その他提出会社の経営に重要な影響を及ぼす事象(以下bにおいて「重要事象等」という。)が存在する場合には、その旨及びその具体的な内容を分かりやすく記載すること。また、当該重要事象等についての分析・検討内容及び当該重要事象等を解消し、又は改善するための対応策を具体的に、かつ、分かりやすく記載すること
c[略]
※ 下線が改正箇所
太字は筆者による

 このような時期においては、何はともあれ会社がリスクをどう認識しているかを知ることは、投資家にとって重要だ。その点、ANAは今年、表形式で主要なリスクを開示している。まず外部環境と内部環境に分け、そこからさらにリスク要因ごとに分類し、それらへの対応策も表中に記載している。一部の投資家等からは、こうした記載方法がわかりやすいと評価されていた。

 外部環境からみていくと、まずは国際情勢、景気低迷といった大きなところに始まり、航空政策、原油価格・為替変動といった航空業界特有の要因を挙げ、最後に感染症・災害と続く。感染症対策は新型コロナウイルス感染拡大に限ったことではなく、世界中をつなぐ航空産業では常に考慮しなければならないリスクだ。

 内部環境については、経営戦略、航空安全などをリスクとして挙げている。こちらも比較的大きな課題から始まり、サイバーテロなどのIT(システム)情報漏洩リスク、損益構造リスク、最後は財務リスクとなっている。

以下略

(出所)ANAホールディングス(株)「第70期有価証券報告書

 

 ANAのリスク開示はこの表形式の説明にとどまらない。この表で自社が認識すべきリスクをひととおり挙げた後、「上記の主要なリスクを加えた、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項には、以下のようなものがあります」として、新型コロナウイルスの感染問題、航空業界を取り巻く環境に関わるリスクやサイバーリスク、原油価格変動リスク、災害リスクなどさまざまなリスクについて、投資家の目線で解説を行っている。

 1つひとつの説明を読むと、なるほどと思わされる。事業のリスクの開示についてはどうしても羅列になりがちだ。重要なリスクだけ挙げてくれればよいとか、今年リスクが大きくなったところだけを説明してほしいといった意見もあるが、ANAの記載はより包括的だ。表形式で自社にとっての主要なリスクを説明したうえで、投資家の判断に影響があると考えられるリスクを幅広く解説しており、さまざまなリスクを俯瞰してみることが可能である。今は特に、コロナ禍や気候変動に関する課題など、注目されやすいリスクがあるものの、ANAの一連の開示は、その他のさまざまな観点を疎かにしていない。これはアピールにもなるだろう。

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