コロナと戦う開示⑮従業員が奏でるAnother Sky、ANAの取組み

会計・監査

創業時のヘリコプターから卒業式に代理参加したアバターまで掲載

 有価証券報告書は改正開示府令が適用されたために記載が拡充されたとも考えられるが、ANAは今年、統合報告書の記載も変えている。まず冒頭に記されているのは、1952年に2機のヘリコプターから始まったANAの歴史だ。この報告書が発行されたのは、新型コロナウイルス感染拡大の第2波が到来したと叫ばれ始めたころだ。11頁には「創業の理念に立ち返り、グループ一丸となってコロナ禍を乗り越え」るという社長メッセージが掲載されている。そしてアフターコロナのもとでは、オンライン会議の浸透などによるワークスタイルの変化が起こることを受け入れ、グループ全体で需要の取り込み方を変えていくと説いている。

 ANAは今年の4月にavatarin(アバターイン株式会社)という会社を設立した(「統合報告書2020」39頁)。この会社が手掛けるのは、スクリーンを搭載した自走できるロボットに遠隔地からログインし、ロボットを通して対面で会議に参加したり、店内で接客を行うといったサービスを開発・提供するビジネスだ。この3月に、ビジネス・ブレークスルー大学・大学院(BBT大学)のオンライン卒業式にこのアバターが活用されたことが話題となった。このほかに遠隔お見舞いなどへの活用も想定されているようだ。

 オンライン化が進み、人の移動が減った場合に旅客事業と補完的関係をもつということで取り組んでいたのかもしれないが、このコロナ禍での事業スタートは企業のポジティブなイメージづくりに貢献したのではないだろうか。

(出所)ANAホールディングス(株)「統合報告書2020

 さらに「コロナ禍で飛行機が飛ばずCO2排出量が減少した」などといわれる航空産業としては、気候変動への取組みも手を緩めることはできないが、統合報告書においてもSAF(Sustainable Aviation Fuel)1導入に取り組んできたことが掲載されている(56頁)。また、2050年までに航空機の運航で発生するCO2排出量を半減させ、航空機以外でも、たとえばその運搬車両や施設における再生可能エネルギー導入を進め、2050年にCO2排出量ゼロを目指すという目標が明記されている。そして10月26日、フィンランドの企業と契約し、日本の航空会社としてはじめて、日本発の定期便においてSAFの使用を始めることを発表した。

 これらの記載の中でも、CO2の排出量に関する目標が明記されたことについて評価する投資家がみられた。

(出所)ANAホールディングス(株)「統合報告書2020

役員による従業員面談年間900回

 ANAの統合報告書96頁にはステークホルダーとの対話が説明されている。

 一番先頭は株主・投資家との対話を年間どれくらい開催したかについて記載されているが、その次が従業員との対話になっていることも目をひく。なんと、取締役・執行役員は年間949回も面談しており、面談した従業員数はのべ12,612名(ANAの連結従業員数は2020年3月期の有価証券報告書によると45,849名)にも及んでいる。昨年の数字が見つからなかったため、ANAのIRに問い合わせたところ、毎年回数を増やしており昨年も800 回ほど開催したそうで、今年はこれでもコロナのために第4四半期に予定どおり開催できなかった、とのことだ。従業員の休業や一時金カットについて組合と合意できた背景には、役員と従業員の日頃の対話があったのかもしれない。

 世界中をつなぐ航空産業は、他の産業より比較的早くからグローバルスタンダードを取り入れ、人権やダイバーシティといった問題にも意識的に取り組んできたであろうが、この従業員との対話に力をいれるという姿勢も日本企業としては先進的だ。英国のコーポレートガバナンス・コードにおける直近の改訂では、従業員や顧客、サプライヤーといったステークホルダーの利益に考慮することを経営者の責務とし、実際どのような対応を行ったかを開示するよう今年から義務づけている。従業員の声が経営に届くよう、従業員諮問パネル設置などを推奨しており、それが長期的な事業の強化に役立つと位置づけているのだ。この潮流は他のEU諸国にも広がっており、米国でも同様の議論が行われ始めている。ANAのプロモーションビデオ(「ANA Another Sky 新バージョン 〜飛行機とともに〜」など)を見ると、(さまざまな現場で働く)従業員が頻繁に出てくることに、一部の投資家は気づいている。どのような困難な時期であれ、飛行機が一度飛べばその安全は現場の従業員に委ねられる。航空会社のサステナビリティ、長期的な事業の発展には従業員のモチベーションは欠かせないといえるだろう。

誰もいない空港に響くAnother Sky

 ここまでいくつかANAの年次開示のうち投資家に評価されていた点を紹介してきた。しかしその後の四半期決算では、企業によってはサービスにおける感染対策や、従業員へのケアをあわせて説明するケースもあるが、ANAの説明はあまり十分でないと感じる投資家もいる。例えば、何千人という出向や休業をさせている従業員がどうしているのか、ANAの決算説明会等からはうかがい知ることはできない。大規模な資金調達が控えていたためか、第1四半期、第2四半期ともにANAの決算説明会はひたすら財務の状況等の説明に徹している。従業員への考慮を重視している投資家の中には、この点に不満を示す者もいる。

 しかし、ANAの取組みに驚かされるのは、従業員が自ら情報発信していることだ。YouTubeのANA Global Channelでは、ANAの従業員によるさまざまな番組が配信されている。以前からもあったようだが「いまだからこそ、…できること」と題するコロナ禍スペシャルもみられる。子供向けの「青いつばさの世界〜おうちで航空教室〜」という番組には「自主企画」と書かれている。会社のプロジェクトというより、こういった活動が従業員の発案で始まる社風があるのだろうか。ANAには「空楽隊」というバンドがあり以前から演奏を行っていたが、5月にはその有志がテレワークで、離陸の時に流れるANAテーマ曲『Departure』の演奏を配信している(ANA「音楽につばさを〜テレワーク演奏〜」:Departure full ver.(ANA team.空楽隊))。ANAの社員の様子を知ることができるだけでなく、何カ月ものあいだ遠く離れた知人や家族に会うことができずにいる人々を慰めたのではないだろうか。

 10月19日は海外旅行の日だそうだ。この日ANA空楽隊は無人の羽田空港第2ターミナル国際線エリアで演奏を行いYouTubeで配信した(【海外旅行の日×ANA Team HND Orchestra 特別企画】~ANA Facebook オンラインライブ in 羽田空港~)。カメラワークもすべて社員で行っているそうだ。最後の曲である『Another Sky』の演奏前に「今は大変な時期ですが、我々一同いまできること頑張っていきます。いつかまた機内でこの曲を聞いていただく日が来ることを願って」と一般の従業員が語るメッセージは、社長のそれを凌駕している。これこそが新しい形の《企業開示》なのかもしれない。

(出所)「【海外旅行の日×ANA Team HND Orchestra 特別企画】~ANA Facebook オンラインライブ in 羽田空港~」

  1. 植物油、動物性脂肪、廃棄バイオマスなど持続可能な供給源から製造される航空燃料。

コメント

タイトルとURLをコピーしました