ESGと財務諸表(連載「ニューノーマル時代の読書術」)

読書術&書評

早稲田大学大学院教授
秋葉 賢一

この記事は、企業会計2021年4月号(連載「ニューノーマル時代の読書術」)より執筆者の許可を得て転載したものです。

はじめに

 ニューノーマル時代といわれるなかで,最近,見聞きするキーワードの1つとしては,サステナビリティ(持続可能性)が挙げられよう。これは,国連提唱のSDGs(持続可能な開発目標)のほか,広くESG(環境,社会,ガバナンス)の問題であったり非財務情報といわれたりするものにつながる。

 こうしたなかで,ESGと財務諸表との関係を考察するにあたって,ここでは,どのような本を読むとよいのかについて取り上げる。

企業価値評価と会計情報

企業価値評価に焦点をあてた情報分析

 現在の企業会計では,日本基準であれ国際会計基準(IFRS)であれ,投資家による企業価値評価のために,将来キャッシュフローの予測に役立つ情報を提供することを目的としており,会計情報には,投資意思決定有用性が求められている。このため,企業会計を考えるにあたっては,投資家のみならず,作成者も監査人も,会計情報と企業価値評価との関係を理解しておく必要があろう。

 企業価値評価に関する書籍は多々あるが,K. G. パレプ,P. M. ヒーリー,V. L. バーナード(斎藤静樹 監訳,筒井知彦,川本淳,八重倉孝,亀坂安紀子 訳)『企業分析入門 第2版』(東京大学出版会,2001年)では,企業価値評価において,「経営戦略分析」に加え,会計情報に基づく「会計分析」「財務分析」によって企業の現状を把握し,「将来性分析」により業績の予想と割引率の推定というステップを示す。

 同様に,会計の観点を踏まえて企業価値評価を解説しているものとしては,S. H. ペンマン(荒田映子,大雄智,勝尾裕子,木村晃久 訳)『アナリストのための財務諸表分析とバリュエーション 原書第5版』(有斐閣,2018年)がある。

 本誌『企業会計』の読者は,実務家であっても会計の知識は一定程度あるはずであろう。これらの本は,財務諸表を基礎として企業価値評価を行うファンダメンタル分析を扱っているという意味で,作成者や監査人が,投資家の思考を理解するには有益であると思われる。

 もっとも,ファンダメンタル分析は,会計情報に加えて,それ以外の情報を分析し,それらの分析からペイオフを予測し,その予測のもとに企業価値評価を行う。いずれの本も,企業価値は,事実によって正当化される価値と,将来事象の予測に基づく価値から構成されることを強調している。

 これらの本は,事実を知るための会計情報が推測的であってはならず,財務諸表は,企業の内在価値(ファンダメンタル価値)そのものを表現するものではなく,その分析に役に立つという位置づけを明示している。日本基準はもとより,IFRSに基づく財務諸表であっても,それは企業価値自体を表わすものではないという点は,改めて留意すべきであろう。

財務諸表で報告される利益

 企業価値は,将来キャッシュフローの現在価値として示されるのに対して,財務諸表は,主に過去・現在のキャッシュフローに基づき作成される。こうした財務諸表を作成するための会計基準の解説書は,溢れているといってもよいが,その会計基準やそれに基づく会計処理が行われる理由を説明していても,断片的であり,会計基準自体が変われば,その理由が当然のように変わることも少なくない。それでは,将来の見通しがたたず,実務対応といっても不本意な作業が続くであろう。

 斎藤静樹『会計基準の研究(新訂版)』(中央経済社,2019年)は,どのような会計基準にも普遍性があるわけでないとして,会計基準を支える概念の体系と会計基準の変化を分析することによって,将来の方向を展望しようとしている。本書では,まず自己創設のれんの形成とその利益(ここでの「利益」は当期純利益を指す)への転化が示されている。すなわち,利益の算定の基礎となる「維持すべき資本」に通じる購入した設備の取得原価と,その設備が生み出す将来キャッシュフローの現在価値との差額である自己創設のれんは,企業会計上,当初に認識されず,回収を通して認識される。

 これは「実現」の考え方であるが,事業投資のみならず,時価評価される金融投資も説明するために,実現概念は,事前に期待された投資の成果が事実となること(投資のリスクからの解放)として見直された旨が説明されている。

 このように,利益は事後的な測定値であるが,投資家は,企業が開示する利益(事実)と期待との差異を分析し,それを将来に向けた期待の改定に利用するため必要であるとしており,これは,前述した企業価値評価につながるものである。

 また,このような実現概念については,大日方隆『アドバンスト財務会計(第2版)』(中央経済社,2013年)において,期待から現実への転換をもって成果を捉えるという考え方のもと,事業投資,金融投資といった投資の固有性に即して具体化されるという「実現概念のヒエラルキー」が示されている。

 本書は,「ディスクロージャー制度で開示される会計情報を研究・分析するための基礎的な知識と方法を解説したもの」(序)としているが,それを読み解くためのテキストがさらに必要なぐらいの部分もあり,読む側の力量によって読み方は異なるであろう。

 ここで掲げた2冊は,わが国のトップレベルの会計学者による研究書でありテキストであるため,密度が高く,必ずしも実務家向けではないが,浅学非才の筆者にとっては,読み返すほど追加的なインプットがあり,常に手許にある必読書である。企業会計を本当に理解しようとする人にとっては,有意義と感じるであろう。

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