ESGと財務諸表(連載「ニューノーマル時代の読書術」)

読書術&書評

ESGの観点と財務諸表

 コロナ禍による社会の価値観の変化を含め,ESG情報は重要であるが,現在の企業会計を,企業価値評価の観点から理解したように,財務諸表はESGによる見えない価値を直接的に表現するわけではない。

 このため,たとえば,コーポレートガバナンス・コード基本原則3にあるように,財務情報を「会社の財政状態・経営成績等」,非財務情報を「経営戦略・経営課題,リスクやガバナンスに係る情報等」とし,後者の説明においてESG問題に関する事項を含むとすることが多い。

 もっとも,財務諸表は,財務諸表本体(基本財務諸表)と注記から構成され,注記に何が含まれるのかは,実務的に保証(監査)の範囲と連動して意識されていても,それ以外の情報(任意開示の情報を含む)との区別は難しい。

 ここでは,注記ではなく,ESG要素(ESGに関する価値ではない)を財務諸表本体に反映しようとする議論を取り上げる。

S(社会)と財務諸表

 ヒトは,人件費とされバランスシートには表れず,あたかも無駄な投資のように表現されているのではないかという疑問がある。こうした問題意識は50年以上前からあり,若杉明『人間資産会計』(ビジネス教育出版社,1979年)では,人間資産会計情報を通じて,経営者に間接的に人間資産に対する正しい取扱い方を促し,企業内の人々にやる気をよび起し,生きがいをもたせ,その結果として企業の経営効率の向上を期待することが示されている。なお,以前は「人的資源会計」としていたが,本書では,「人的資源という語が,固く冷たいひびきをもっており,著者の構想するものと何かそぐわない感じをもつところから,人間性にあふれた語感の人間資産という語に替えることにした」(序)として「人間資産会計」にかえている。

 この本を新刊として入手することは難しいが,同様の問題意識は,黒川行治『会計と社会――公共会計学論考』(慶應義塾大学出版会,2017年)においても見られる。これは,従業員の雇用は,本来ストックの取得であるにもかかわらず,会計上,物的資源のようにストックとして認識・測定されていないため,バブル崩壊後,リストラ等を招いた要因の1つになっていたのではないかとして,人的資源のオンバランス化について考察している。

 本書では,先行研究も踏まえ,労働契約とリース契約との類似性から,同額を人的資産と負債に両建計上し,利益に対しては中立な処理を示している。しかし,投資収益率の測定上,分母の資産総額が大きくなるので,慎重な経営判断,安易な雇用を抑制する効果が期待できるのではないかとし,また,余剰になった際は,人的資産の減損損失が計上されるため,リストラによる解雇を含めた責任の明確化が期待できるとしている。

 こうした人的資源の会計の問題は,2020年9月開催の日本会計研究学会第79回全国大会の統一論題報告(中野誠座長)でも取り上げられており,ホットなトピックかもしれない。

また,本書では,退職給付会計において,内部引当と外部積立の併用の場合,現行の差額計上方式は,リスク指標の測定を通じて,情報利用者をミスリードする危険性を指摘し,両建計上方式が優れているとしている。この点,現行の会計基準では,年金資産は退職給付のみに使用される点を重視した結果,論理的な帰結ではなく,表示上の工夫として,差額計上方式が主張されたのではないか,そうであれば,外部積立のほうが,内部引当よりも長期安全性が高く,採用する方式によって企業のリスク状況が変化するかどうかといった論点を指摘している。

 この点については,2020年度・第63回「日経・経済図書文化賞」を受賞した野間幹晴『退職給付に係る負債と企業行動――内部負債の実証分析』(中央経済社,2020年)が触れている。本書では,わが国における企業年金の受給権は保全されておらず,拠出された年金資産によって従業員を保護していると考えられるため,積立状況を示す額(退職給付債務から年金資産の額を控除した額)こそが負債であるとして,リスクテイクとの関連について分析したところ,当該負債が大きい企業ほどリスクテイクを低下させていたとしている。また,内部引当と外部積立の併用を含め,年金資産として控除した差額が,借入金などの外部の負債以上に,リスクテイクに与える負の影響が強いとしている。この点からは,差額計上方式は妥当であるように見える。

 他方,この分析は,費用処理されていない数理計算上の差異や過去勤務費用が未認識であった2013年までの企業を対象としており,オンバランスの退職給付引当金は企業のリスクテイクを低下させているが,オフバランスであった未認識の数理計算上の差異などは関連しないとしている。すなわち,経営者の意思決定という側面からは,貸借対照表に計上されているかどうかによって相違する可能性があるとしている。

 この点からは,企業行動上,オンバランスか否かが重要であり,仮に年金資産と退職給付債務の両建計上になれば,企業は,リスク回避的に行動する可能性があり,そうであれば,人的資産と負債の両建計上は,慎重な雇用につながりうる。さらに,資産除去債務に関する資産との両建計上も考慮すれば,現在の会計基準による発生分のみならず,将来分を含めた人的資産と退職給付債務の両建計上を考えることもできるが,必要以上に保守的な行動を引き起こすかもしれない。

 このように,問題意識を持った読み方が,関連する議論につながるであろう。なお,リースや資産除去債務などモノの支出の両建計上に対して,給料・賞与のみならず退職給付を含めたヒトの支出の両建計上については,拙著『報酬に見る会計問題』(日本公認会計士協会出版局,近刊)において触れる。

E(環境)と財務諸表

 この点に関しても前掲『人間資産会計』では,環境会計(環境の保全や改善に必要な会計情報を識別・測定し,その結果を伝達・利用せしめるための会計システム)を取り上げ,環境保全や改善努力を怠っている企業には融資を行わないなどの利害関係者からの働きかけを提示している。これは現代のESG投資に通じる。

 また,前掲『会計と社会――公共会計学論考』では,経済的パフォーマンス,自然環境への影響,社会的インパクトの3つを指標とする「トリプルボトムライン」の考え方があるが,企業の目標は経済的パフォーマンスの最大化であり,後2者は,制約条件にとどまるのではないかという見方を紹介している。

 さらに同書において「統合報告」は,6つの資本を掲げ,それらの間のトレードオフを示しながら,株主価値は広範な資本に依拠し,長期的な価値創造能力に関する評価が投資家にとって有用であるというものであり,トリプルボトムラインの見方と軌を一にするとする。このような動きが現実化するには,長期的観点から投資資金が集まり,長期的な成果により投資運用者が評価され,経営者は,多様な資本価値を意識して戦略を設定しビジネスモデルを構築することが必要であり,「統合報告」の目的は,このような経営者と多様なステークホルダーの啓発に貢献することにあるのであろうとしている。

おわりに

 以前から唱えられてきたサステナブルファイナンスが,気候変動問題やSDGsに加え,コロナ禍によって加速している。また,IFRS財団によるサステナビリティ報告基準設定主体の提案や主要なESG情報の開示基準設定機関の協働の動きを踏まえ,2021年は,サステナビリティやESGに関する外部報告が一層議論されるであろう。

 これらは,長期的な時間軸を対象としたり測定方法に共通理解が得られていなかったりすることなどから,財務諸表本体との間には距離がある。しかし,財務報告の目的である投資意思決定に有用な情報という観点からは,注記を含め,財務諸表本体で扱うことができることがありうる。それらの取捨選択や将来への展望のためには,流行の論点であるからこそ,地に足のついた骨太な本を,繰り返し読むことが役に立つであろう。


過去の「ニューノーマル時代の読書術」はこちらからご覧ください。

武田雄治氏「未知から既知への旅を楽しむ」

・今福愛志氏「2項対立的な思考を読み解き,その先へ」

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