ニューノーマルを考えるための読書(連載「ニューノーマル時代の読書術」)

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歴史からの学び

 歴史に関する数多くの名著の一般的な紹介は,山内昌之『歴史学の名著30』(ちくま新書,2007)にまかせるとして,ここでは会計におけるニューノーマルを考えるのに関係しそうな文献を取り上げる。ニーアル・ファーガソン『マネーの進化史』(早川書房,2015)とジェーン・グリーソン・ホワイト『バランスシートで読みとく世界経済史―ヴェニスの商人はいかにして資本主義を発明したのか?』(日経BP,2014)は,ともに複式簿記そして会計のもたらす精神的および倫理的な影響ならびにアカウンタビリティーの概念が資本主義の発展に果たした役割を具体的に教えてくれる。ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテが『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(岩波文庫,2000)でいっていたことは,歴史的にも間違ってはいないのである。

 フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』(東洋経済新報社,2014)は,人類が自給自足から脱して物々交換を経て貨幣経済に至るという定説を翻し,交換経済の当初から信用取引が行われ,それを記録し,債権債務を清算する手段としてマネーが存在しており,その基本要素の1つとして会計システムが重要な役割を果たしていたことを明らかにしている。そうだとすれば,信用経済の発展を一因として現金主義会計から発生主義会計への移行が生じたという説明も見直しが必要になろう。少なくとも,権利義務確定主義が,人類の経済活動の初めから存在していたことになるからである。さらに,こうした会計のもつ本質的機能が,電子マネーや暗号資産といった新たな形態のマネーの出現によって,会計実務のなかでどのように変容していくのかも考えさせられる。

 ヘルマンの前掲書は,資本主義の本質である投資が利益を生み資本を増殖させるという指数関数的な成長プロセスをもたらす原動力である人間の機械への置換え,言い換えれば技術が労働にとって代わった背景に,当時のイギリスの労働者の高賃金があることを指摘している。この指摘は,近代資本主義の原点となった産業革命がなぜイギリスで起こったのかを説明できていないにもかかわらず,なぜか日本では持ち上げられることの多いマックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫,1989ほか)の限界を補うヒントを与えてくれる。高コスト資源の低コスト資源への置換えがイノベーションを生み出すという指摘は,ICTそしてAIの発展による情報の通信および処理に係るコスト構造の変化が会計専門職や会計実務のあり方を大きく変える可能性のあることも示唆している。

 ニューノーマルのあり方を考えるには,今までの常識や慣習を根本から見直す必要があるが,それは会計実務にとっても同じである。

改めてなぜ読書か

 ICTの進歩は,情報収集手段としての読書の地位を低下させた。だから,もう多読は自慢にならない。しかし,読書が不要になったわけではない。思考力を磨く手段としての読書は,なお必要である。多読ではなく一書精読が求められるのである。モームの前掲書の「はしがき」の最後に引用されているジョンソン博士の言葉「読書をしないような連中は,考える材料を何ひとつもっていなければ,いうべきこともほとんど何ひとつもてるものではない。」の後半部分は,現代でもなお通用するのである。

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