デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
中山博喜1[著]・初瀬正晃2[監修]
はじめに:コロナ禍とM&A
新型コロナウイルスの感染拡大後、多くの企業が事業面においても財務面においても様々な影響を被っており、M&Aにも例外なくコロナ禍の影響が及んでいる。
通常でもM&Aを実施する際には様々な留意点が存在するが、コロナ禍特有の状況も生じている。そこで、本稿では、「コロナ禍特有のM&Aデューデリジェンスの留意点」というテーマで解説を行う。なお、デューデリジェンスといっても財務、税務、法務、IT、人事、ビジネスと多岐にわたるため、本稿ではデューデリジェンス全般に共通する部分を記述している。
以下、本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
コロナ禍におけるデューデリジェンスの留意点
コロナ禍におけるデューデリジェンスへの留意点を考えるには、まずはコロナ禍の影響を特定し、その後に、その影響がどのような実務上の問題を生じさせているのかを検討する必要がある。コロナ禍の影響は業界や企業によって異なるが、一般的には、事業が縮小(もしくは拡大するケースもありうる)し、かつ事業の先行きが不透明になっている(将来的な不確実性が増している)ことが指摘できる。グローバルなビジネスを考えると、海外への渡航に制限が加わっているという状況は共通する部分と言えるだろう。
上記のような影響を踏まえて、コロナ禍において、デューデリジェンスを実施する際の留意点に関して、5つのポイントを挙げて概説を行う。
面談や現地視察が困難(特にクロスボーダー案件のケース)
本稿執筆時点では、依然として海外渡航には制約が存在する。そのため、日本企業が買い手で海外企業が売り手のようなクロスボーダー案件の場合、国境を越えて面談や現地視察を実施することが必要であるが、それが困難である。渡航制限は国によって異なるため一概には言えないが、海外渡航に際しては煩雑な手続が必要であったり、渡航後14日間の隔離が要求されたり、最悪の場合には渡航できないこともありうる。渡航先および日本で(すなわち現地に入国した時と帰国した時に)2回隔離があると合計28日間を要することになるため、現時点では海外に渡航して面談や現地視察を行うというのは現実的ではない。
代替策としてオンライン会議が挙げられる。コロナ禍以前であれば、オンライン会議には心理的な抵抗があったように個人的に思うが、現在は実務の慣行として受け入れられつつあるように感じている。ただ、M&Aを上手く進めるためにはターゲット企業の経営陣と信頼関係を築く必要があり、そのために膝を突き合わせて話をすることでしか伝わらないこともある。また、現地で自分の目で見て初めて気付くことができることもある。オンライン会議が全てを解決するわけではないため、渡航制限が解除され次第、必要に応じて現地に赴くことを検討する必要もあるだろう。
M&A予算の削減
業績悪化や先行きの不透明さによって、検討中であったM&Aを延期・中止するケースがあるだろう。M&Aを実施するとしても、投資予算が制限されることも想定される。デューデリジェンスの実施にもコストが生じるため、網羅的に調査を行うのではなく、重要度の高い部分に絞り込んで対応することが求められる。
しかしながら、デューデリジェンスの範囲を絞り込みすぎて将来的なリスクが高まる可能性やそれに伴う善管注意義務違反などの法的なリスクも考慮する必要があるため、ターゲット企業の性質や投資予算も踏まえた最適な範囲を見極めることが求められる。
ただ、M&Aの経験が浅くデューデリジェンスに関しても知見が乏しい場合、最適な範囲を見極めるのは非常に難しい。そのような場合には、デューデリジェンスの範囲を絞ることに対するリスクについて、専門家に意見を求めるのが良いだろう。
事業計画の前提が大幅に変更
デューデリジェンスの過程では、ターゲット企業の事業計画を分析するが、コロナ禍前に作成した事業計画は、現状の事業環境と全く異なる前提条件になっている可能性が高い。
ターゲット企業の事業計画はバリュエーションに影響してくるものであり、コロナ禍の影響が大きいと想定される場合には、事業計画の前提条件の見直しが必要になる。コロナ禍の状況は国によっても異なるため、ターゲット企業が多くの国に拠点を有している場合には、国別の状況も考慮する必要がある。なお、コロナ禍の影響により先行きが不透明であり、実務上、事業計画の修正が困難な場合においても、いくつかのシナリオを検討し、現段階で最も妥当と思われる事業計画を手探りで検討することが求められる。
不確実性への対応策
コロナ禍により、ターゲット企業の事業の不確実性が高まっており、デューデリジェンスで発見された潜在的リスク項目が、コロナ禍の影響で顕在化する可能性が高まることも想定される。リスクの発生可能性が高く、影響度が大きいものは、どのようにリスクを最小化するかについて、DA(最終計画書)の締結までには検討する。例えば、価格調整条項の設定などを検討することも必要となるかもしれない。
コロナ禍であるか否かにかかわらず、M&Aにはリスクが付きもので、リスクを完全に払拭することは難しい。通常の状況下においてもいえることであるが、影響度の低いリスクにこだわって、M&A全体に悪影響を及ぼすようなことは避ける必要がある。M&Aによって得られるメリットとそれに伴うリスクを総合的に勘案しながら、バランス感ある意思決定が求められる。
デューデリジェンスの再実施
すでにデューデリジェンスを実施済みで、契約の条件交渉フェーズにあるM&A案件も想定される。コロナ禍によりデューデリジェンスの結果に対しても大きな影響が及んでいると考えられる場合には、デューデリジェンスの再実施の検討も必要になる。これだけ大きく状況が変化しているため、再実施が望ましい一方で、コストや時間も掛かる。当然のことではあるが、ターゲット企業の同意も必要になる。
再実施に関する交渉が難航する場合には、デューデリジェンスの結果に変更がありそうな部分に焦点を当て、なるべく相手側の手間にならないような再実施方法を提案して、落としどころを探る必要がある。
戦略的なデューデリジェンスの重要性
ただでさえM&Aは困難が伴うものであるが、コロナ禍により事業環境が大きく変わり、不確実性が増している中で、上記に挙げたような様々な留意点が生じるため、以前に増して戦略的にデューデリジェンスを実践する必要性が高まっている。ターゲット企業はもちろんのことであるが、業界によっては外部環境に大きな変化が起きていることも想定されるため、内部環境だけでなく、外部環境も踏まえたデューデリジェンスの実施が求められる。
本稿では、コロナ禍特有のデューデリジェンスの留意点ということで少しネガティブな視点で記述を行ったが、この環境変化で新たなM&A機会が生まれているのも事実であり、ポジティブな動きも存在する。
新たな制約が加わる中でも、こうしたチャンスを確実にものにするため、M&Aの目的をしっかり明確化し、調査範囲を絞り込み、戦略的にデューデリジェンスを実施することが求められる。
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