コロナ禍の中で注視しておきたい日銀ETF購入の行方

お知らせ

東京海上アセットマネジメント㈱執行役員 運用本部長
平山賢一

日本株式最大の投資家となった日本銀行

 日本銀行が、ETFの保有を拡大させ、2020年末には日本企業の最大株主になった。コロナ禍での出来事であり、金融市場参加者間での話題にはなっているものの、多くの国民には共有されている事実とは言えない。将来的な企業の在り方(議決権行使)を左右するだけに、日本銀行ETF購入の行方について、考えておくべき時期に来ていることから、簡単に整理しておきたい。

 ETFとは上場投資信託のことであり、日本銀行はETFを通して、わが国の取引所に上場する大多数の企業の株式を保有している。このETFは、概ね主要な株価指数等の動きに連動するように株式を組み入れたファンドであり、このファンド自体が取引上に上場されているのである。日本銀行が実質的に保有する規模は、金融政策の一環として実施されている資産買入規模の急増により、2020年末には時価ベースで45兆円程度に膨らんでいる。これは、わが国の株式時価総額の約7%に相当し、2020年末に日本銀行は、公的年金を抜いて、日本株式を保有する最大の投資家の地位を得たのである。

議決権行使をするのは日本銀行ではなく運用機関

 一部の中央銀行を除き、主要国の中央銀行では、自国株式を保有する事例はない。そのため、日本銀行のETF購入は「異例」の政策とされている。市場関係者の間では、市場の価格決定機能を歪める等の批判がある。なかでも民間企業の経営を左右する「議決権」を空洞化させるという批判も根強くある。

 しかし、近年、進展を見せているわが国の企業統治(コーポレートガバナンス)強化を骨抜きにするのではないかとの懸念は、的外れな批判である。というのも、日本銀行が保有するETFの運用機関が、議決権行使基準を明確にしたスチュワードシップ・コード(機関投資家の行動指針)に従って、日本銀行分の議決権も厳格に行使しているからだ。つまり、日本銀行は、直接、議決権行使をする建付けにはなっていないのである。

関与強化が求められるアセットオーナーとしての日本銀行

 一方、注意しなければいけないのは、資金の運用等を受託し、自ら企業への投資を担う「資産運用者としての機関投資家」(運用機関もしくはアセットマネジャーと呼ぶ)と、当該資金の出し手を含む「資産保有者としての機関投資家」(アセットオーナーと呼ぶ)の関係の変化である。日本銀行がETFに投資を始めた頃と比べ、両者の関係は、格段に緊密になっている。

 アセットオーナーには主に公的年金や企業年金が当てはまるが、最大株主となり影響力が高まった日本銀行もアセットオーナーに準じた存在であると捉えないわけにはいかない。日本銀行によるETF保有額は、その買入を始めた2010年とは、比べものにならない規模に拡大しており、金融政策の一環としての立場から、顧客・受益者から投資先企業へと向かう投資資金の流れ(インベストメント・チェーン)における機関投資家の立場に格上げされていると見なせるからである。

 具体的には、議決権行使は、ETFの運用機関であるアセットマネジメント会社が実施するが、その資金の出し手である日本銀行も、その議決権行使に関して強く関与することがスチュワードシップ・コードでは求められているのである。

 これは、インベストメント・チェーンの中で、国民(最終受益者)への責任(スチュワードシップ責任)を果たすために、日本銀行も明確な方針を策定し、公表すべきことを意味している。日本銀行は、その決算を通して生じた剰余金を政府一般会計におさめるため、日本銀行の損益については、間接的には最終受益者としての国民に対する責任があるのは言うまでもない。損益に関する説明責任(アカウンタビリティ)があると同時に、その損益を大きく左右するスチュワードシップ責任を果たす必要がある点は否定できない。いまや日本銀行は、最大株主として、スチュワードシップ責任についてもベストプラクティスを示すべき立場なのである。

ETF運用機関には「議決権行使の指針」を示せない日本銀行

 ところで、日本銀行は、①ETFだけではなく、②2002年末以降、信託銀行を通じて金融機関から買い入れた株式、③不動産投資信託(J-REIT)をも保有している。興味深いことに、②と③については、日本銀行は「議決権行使の指針」等を定めており、インベストメント・チェーンの中で議決権行使への関与を明らかにしている。しかし、保有額が急増しているETFについては、スチュワードシップ活動への関与が鮮明に打ち出されていないのである。

 これはなぜなのか?

 実は、ETFは集団投資スキームであるため、日本銀行のみがETFの受益者ではなく、他の受益者も存在しているという事情があるからだ。ETFは上場投資信託であり、日本銀行以外の他の投資家(個人投資家も含む)も保有していることから、日本銀行の方針のみをETFの運用機関に提示することはできないのである。

 つまり、日本銀行がETF全体の9割近くを保有するとはいえ、残りの1割を保有する他の投資家に優先して、日本銀行独自の議決権行使の指針をアセットマネジメント会社に要求することは難しい。当然、アセットマネジメント会社にしてみれば、ETFを保有している投資家に不平等が生じることを避けなければいけない。この議決権行使についてはアセットマネジメント会社に一任されており、日本銀行が関与することはできない。

 日本銀行の保有するETFが少額であったならば、このような集団投資スキームを活用するメリットはあったかもしれないが、最大株主になった日本銀行は、アセットオーナーとしてのスチュワードシップ責任を果たせないジレンマに直面しているのである。

スチュワードシップ責任を強化するための「ETFの交換」

 そこで、このジレンマを解消するために、「ETFの交換」を行い、投資一任契約に切り替えた上で、②と同じように「議決権行使の指針」を定めることを提案したい。

 ETFの交換とは、日本銀行が保有するETFを指定参加者である証券会社等に持ち込むことで、現物株式のバスケットとの交換を行うことである。その上で、交換した現物を金銭の信託(投資一任契約)として、指数連動型運用を改めて始めれば、集団投資スキームによるジレンマを解消できるだろう。この場合、株式市場の需給に対する影響は中立であるものの、コーポレートガバナンス強化の流れに沿ったスチュワードシップ活動に深く関与できるようになるわけだ(運用管理コストの削減にも貢献するだろう)。

 公的年金をはじめとした企業年金等のアセットオーナーによるスチュワードシップへの関与は、スチュワードシップ・コードの(再)改訂とともに、年を経るごとに強化されており、最大株主である日本銀行が、この流れを無視し続けることは難しい。

 大規模なアセットオーナーは、インベストメント・チェーンの中で自らが置かれている立場・役割を踏まえて、「議決権行使を運用機関に任せているから、それで十分である」という姿勢を続ける時代ではなくなってきている。むしろ、資金を委託している運用機関の方針を検証することなく単に採択するのではなく、スチュワードシップ責任を果たす観点から、自ら主体的に検討を行った上で、運用機関の議決権行使を含めたスチュワードシップ活動に対して、要求する事項や原則を明確にすべきであり、そうした姿勢は日本銀行にも求められるだろう。

 われわれは、コロナ禍を乗り越えたのちの企業統治をより健全なものにするためにも、「日銀ETF問題」を真剣に考える時期に至っている。歴史的には、日本銀行に支えられた株価維持機関が大量に株式を購入した1940年代、1960年代の後には、大きく株式保有構成が変化しており、企業統治の在り方を左右しているからだ。日銀ETF問題は、10年、20年後の日本を考えて、腰を据えて議論していくテーマであると言え、今回発刊する『日銀ETF問題』では詳細を記載している。

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定価:2,200円(税込)四六判 / 176頁
本書の構成
第1章 長期化する市場介入
〈日本銀行のETF購入とは何か?〉
1 最大株主となった日本銀行
2 日本銀行が保有するETF・株式・J‐REIT
3 2020年を境に株式市場への影響が加速
第2章 市場と国家
〈政府の市場介入は必要か?〉
1 経済成長と経済政策
2 振り子の政治経済
3 民間債務拡大と公的債務拡大
第3章 市場介入の日本史
〈株価操作は可能か?〉
1 戦後の共同証券
2 戦前の株価介入
3 証券民主化運動との比較
第4章 市場介入の課題と今後
〈ETF購入はどうなるのか?〉
1 希薄化するコーポレート・ガバナンス?
2 保有株式の効率的維持のための方策
3 株式市場に非連続的衝撃を与えないための方策

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