世界の主要な「不可抗力」法規と免責主張の具体的留意点:英米・大陸法、中国法、日本法を比較

会社法務
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ベーカー&マッケンジー法律事務所
弁護士
 武藤佳昭
弁護士 吉田武史

COVID-19で注目される「不可抗力」

 COVID-19の感染拡大に伴い、海外各国では外出禁止令が発令され、日本では非常事態宣言のもと外出自粛・一部事業の操業自粛が求められ、サプライチェーンにも障害が出るなか、事業者にとって、契約上または法令上の義務履行の猶予・免責を求めざるを得ない、あるいは取引先から履行猶予や免責を求められるというケースが激増している。
 
 ここでまず、頭に思い浮かぶキーワードは「不可抗力」であるかもしれない。これに相当する英単語である”Force Majeure”については、

「不可抗力、事実上抗拒不能の力、予見または統制不可能な出来事。Act of Godと同義。暴風雨や地震など天災を指すことが多いが、戦時中の政府の干渉など人為的出来事をも含む広い概念として使われることもある」

田中英夫[編集代表]『英米法辞典』(東京大学出版会、1991年)

とされている。

 こうした言語的意味を踏まえ、一般的に、各種契約書あるいは法令において、天災、戦争、ストライキなど当事者にとって抗拒不能な事由が生じた場合には当事者が履行義務と不履行責任を免れる旨を規定する条項は、不可抗力条項(Force Majeure Clause、以下「FM条項」という)と呼ばれている。

 本稿では、こうした不可抗力について、その法源・法的効果、英米法と大陸法の比較、英米法・中国法・日本法上の特徴、および対応上の留意点について、それぞれ概説する。

不可抗力の法源:主張の根拠は契約か、法令か?

 契約上または法令上の義務履行の猶予・免責を認めるFM条項は、当事者間が合意する契約書において定められる例が大多数である。

 しかし国によっては、法律上、不可抗力規定が設けられている場合があり、当事者間の合意の如何にかかわらず強制適用されるものもあれば、当事者間の合意がない場合に限りその適用を受けるというものもある。

 裁判例の集積により法体系を形成する判例法体系の法域国においては、裁判例のなかで、不可抗力の要件・法的効果が定まっている例もある。

不可抗力の法的効果:救済措置の内容は?

 不可抗力の法的効果として、一般的に認められる例が多いのは、履行義務の免除、債務不履行/契約違反/受領遅滞の免責である。たとえば、売主側であれば、契約上の義務や約束を履行できないとき、その履行義務から解放され、不履行に基づく履行責任や損害賠償責任から免責される。

 もっとも、同時履行の抗弁と危険負担原則等により、売主側が反対に給付を受ける立場にある給付の履行(たとえば、代金支払債務の履行)は受けられない可能性があることも留意しなければならない。一方、買主側からすれば、契約上の義務を履行されてもこれを受領できないとき、その受領義務から解放され、かかる義務に基づく受領遅滞責任から免責され、買主側から売主側への反対給付の履行義務からも解放される。

 次に、不可抗力の法的効果と考えられるのは、契約の解除である。すなわち、不可抗力によって契約上の義務や約束を履行できず、もはや契約の目的を達することができないとき、その契約を自動解約とし、または当事者に解除権を認め、双方当事者を契約上の法的拘束から解放する効果が認められることもある。

 また、不可抗力の法的効果は、返還義務・原状回復義務の免除という形をとることもある。この場合、前払報酬、先払費用など履行済み給付の返還義務から免除される。さらに場合によっては、履行内容の修正変更が認められることもある。履行すべき内容(目的物、個数、品質、方法・態様、納期など)を合理的範囲で自動的または一方的に修正変更することが可能となる。

英米法と大陸法の比較:不可抗力には大きく2パターンある

 不可抗力の法的主張について、旧英国領の国々に代表される英米法系の国では、契約および判例法を法源とし、対象は契約上の権利義務に限定され、発生事由および効力は契約の定めにより千差万別となり、発動方法は、通知等、契約の定めによる傾向がある。

 一方、独、仏に代表される大陸法系の国では、実体法および契約(これに関する判例解釈)を法源とし、対象は契約に限らず一切の債権債務に及び、発生事由、効力および発動方法は、法によって一律に定められ、ただし、契約条項があるときには、その定めも適用される傾向がある。

 なお、英米法系、大陸法系の国ともに、金銭支払債務については適用がない(不可抗力を理由とする金銭支払債務の免除は認められない)点では共通している。

英米法上の不可抗力:契約条項のどこを確認すればよいか?

 英米法の不可抗力は、国の法令ではなく、当事者間で合意された契約上のFM条項に基づく契約上の救済措置(relief)として認められるのが通常である。どのような場合にどのような救済措置を主張できるかは、契約に定められたFM条項の文言による。

 救済措置の主張の可否を判断するうえで、一般的に確認されるべきFM条項の要点は、以下のとおりである。

  • 不可抗力事象の属性として予測不能性(unforeseeable)を要するか
  • 具体的事象が列挙されているか、それが限定列挙か例示か
  • 履行の商業的困難(commercial impracticability)や事実上の困難(hindering / delaying)で足りるか、客観的不能(absolute impossibility)を要するか
  • 事象さえなければ履行可能であること(ready, willing and able)を要するか
  • 解釈基準としての業界慣行

 また、手続要件として一定期間内の通知がなければ救済なしと規定するのが通常であり、履行への影響回避と相手方の損害軽減のため合理的措置をとるべき義務が定められることが多いのが特徴である。

 具体的な救済措置としては、履行義務の免除、履行条件の変更(納期の延長、回数の分割など)、不履行責任の免責、および契約の解除とこれに伴う清算・事後処理などが定められることが多い。

 判例上・慣行上の類似制度として、契約上の目的達成が不能となったときの救済措置(Frustration / Impossibility)、契約締結時点では予測し得ない事情の変更が生じたときの救済措置(Change of Circumstances)、M&A契約締結後クロージングまでの間に対象会社の財産状態や経営状態に重大な悪化・悪影響を及ぼす事由が生じたときの救済措置(Material Adverse Event)などが存在する。

中国法上の不可抗力:当事者の合意なく適用されるが義務もある

 中国法上の不可抗力は、実定法上の制度(一般民事法180条、契約法117、118条)であり、中国法適用の商事取引であれば当事者の合意がなくとも適用される。不可抗力の主張が認められた場合、履行義務と債務不履行責任の免除・免責の効果を得ることができ、さらに契約目的の達成不能となる場合には当事者双方に契約解除権が与えられる。

 不可抗力事象を主張するための要件としては、①契約時に予見不能であり、発生と影響が不可避であり、解決が不可能であるばかりでなく、②発生した事象と履行ができない結果の間に因果関係があること(他の原因ではない)が必要とされる。

 さらに、不可抗力の主張者には、不可抗力事象の発生と履行への影響を遅滞なく相手方当事者に通知する義務が課せられ、当該通知を怠れば、通知があれば避けられた損害・費用について不履行責任を免れることはできない。また、不可抗力の主張者には、不可抗力事象の影響を回避軽減する最善努力義務が課される点についても留意する必要がある。

 なお、中国国際貿易促進委員会(CCPIT)は「不可抗力証明書」を発行しているが、同証明書は、特定の事象が発生したという事実を証明するのみであって、当該事象の発生が不可抗力に該当することまで証明するものではない。

日本法上の不可抗力:契約次第だが、解釈指針が乏しい部分も…

 日本には実定法上の包括的な不可抗力規定はなく、金銭債務の不履行は不可抗力をもって抗弁できないとの規定においてのみ、不可抗力について触れられている(民法419条3項)。しかし、当事者の合意に基づく契約上の権利としては認められ、どのような場合にどのような主張できるかは契約の定めによる。

 ただし、原因事象の予見・回避可能性、履行への影響の回避・軽減可能性、相手方損失費用の回避軽減義務、通知の必要性、認められる効果の範囲・条件、因果関係の立証、損益相殺などについては、裁判例が集積されていないので解釈指針に乏しい。

 契約上、不可抗力の主張に基づき認められる効果の具体例としては、履行義務の免除、不履行責任の免責、履行条件の変更(納期の延長、回数の分割など)、および契約の解除とこれに伴う清算・事後処理などがある。

 また、類似の制度として、債務者に帰責性がない場合の債務不履行責任の免除(民法415条1項ただし書)、当事者双方に帰責性がない場合の履行不能時における当事者双方の解除権(民法542条)と反対給付の履行拒絶権(危険負担)(民法536条1項)、契約締結時に予測し得なかった事業の変更が生じたときに解除権を認める「事情変更の法理」などがある。

対応上の留意点

 まずは、契約どおりに履行できない、受領できない取引・案件があるか、状況を把握のうえ、不可抗力による対処が必要な取引・案件の仕分けすることが望ましい。その後、不履行の状況、原因と経緯、今後の見通しを確認したうえで、法的な側面から、原因事情の客観性・主観性(予見可能性)、不履行の回避可能性、当事者の寄与(帰責性)、約定または法定の不可抗力事由への該当性、その発動のための手順について分析したうえで、事業や取引への影響を踏まえた全体的見地から不可抗力を主張するかどうか判断することになる。

 また、不可抗力の主張とあわせて、早期解決のため和解交渉に入ることが多いと想定されるが、交渉においては、履行内容、履行時期、履行条件、損失・費用の分担(当方、先方、第三者への求償)が主たる争点になる可能性が高く、これらの項目について事前に選択肢を検討のうえ、交渉に臨むべきである。

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