コロナと戦う開示⑬株主総会前に有価証券報告書を提出したオリンパス

会計・監査

野村総合研究所 データアナリスト
三井 千絵

 新型コロナウイルスの猛威は第三波の様相で、それも全国的に感染が広がり、緊張感が高まっている。経済活性化のためのGo To キャンペーンも見直しが求められ、オリンピックがどうなるのかなど、いろいろな事業で先が見えにくくなっている。それにもかかわらず株価はバブル期の水準を突破した。しかし、このような時こそ企業の情報開示の重要性を認識し、開示のあり方に関する本質的な議論を深めるべきだろう。

 今回はあの緊急事態宣言下の4月30日に定時株主総会の延期を発表したオリンパス株式会社(以下「オリンパス」)を取り上げてみたい。当時の報道によると、「(編注:株主総会延期の理由は)新型コロナウイルスの感染拡大で決算や監査の業務に遅れが出ているため。総会延期にともない、株主の権利が確定する基準日についても決算期末とは異なる日に設定した。オリンパスは株主総会を7月下旬に延期し、議決権と期末配当の基準日を5月31日に設定した。同社は決算発表を5月末に延期している。「確定済みの計算書類を報告して株主に議論をしてもらう」(同社)として総会も延期した」(日本経済新聞2020年4月30日WEB版)。

 オリンパスは、決算発表も5月下旬(29日、例年は10日前後)に遅らせており、有価証券報告書の提出も10日ほど遅れているが(7月6日に発表、前年は6月25日)、7月30日の株主総会までは3週間ほどの時間があった。

株主総会への資料としての有価証券報告書

 「株主総会の前に有報を出すというのは本来こうあるべきこと」と、今年のオリンパスの対応を評価する投資家は少なくない。株主総会の前に有価証券報告書を提出する企業はわずかながら出てきているが、有価証券報告書が提出されたのは株主総会招集通知のWeb開示(7月3日)の直後だったため、株主総会資料の1つとして利用が可能となっていた。

 当該有価証券報告書の「第4提出会社の状況」の「4. コーポレートガバナンスの状況等、(2)役員の状況」をみると、まずその時点での役員の一覧があり、その後に7月末の株主総会に提案されている候補者の一覧が続く。このように新旧役員の一覧が並ぶことは、非改選の役員も含めた全容を見渡すことができると複数の投資家が同じ点を強調した。

(2)【役員の状況】
① 役員一覧
a. 取締役の状況

1.有価証券報告書提出日(2020年7月6日)現在の当社の取締役の状況は、次のとおりです。
男性18名 女性-名 (役員のうち女性の比率-%) ※左記は執行役の員数を含みます。

表は省略

2.2020年7月30日開催予定の定時株主総会の議案(決議事項)として「取締役12名選任の件」を提案しており、当該議案が承認可決されると、当社の取締役の状況は、次のとおりとなる予定です。
 なお、当該定時株主総会の直後に開催が予定されている取締役会の決議事項の内容(役職等)も含めて記載しています。
男性15名 女性-名 (役員のうち女性の比率-%) ※左記は執行役の員数を含みます。

表は省略

(出所)オリンパス㈱「第152期 有価証券報告書」

 ある外資系の投資家は、政策保有株式を議決権行使前に確認したいという理由で、この数年有価証券報告書の株主総会前提出を要望してきた。さぞ喜んでいるだろうと意見を聞いてみると、「確かに便利だと思う。ただ、たまたまオリンパスには政策保有株式に問題がないので、メリットを感じなかったが・・・」との反応に苦笑させられた。問題のない企業の“良い開示”の評価は難しい。

 他にも株主総会前に開示されることが特に望ましいと思われるコンテンツとして役員報酬を挙げることができる。オリンパスの場合、上述のように新旧を示した「(2)役員の状況」には、現時点での報酬委員会、そして新体制の下での報酬委員会のメンバー(予定)も記載されているため、「(4)役員の報酬等」で報酬内容を確認し、それらが適切であったかを評価することで、次の報酬委員会メンバーを含む役員選任議案で判断に役立つ情報となるだろう。この「(4)役員の報酬等」では、長期インセンティブ報酬や業績連動報酬の計算方法について詳しく記載されている。その評価の中には新型コロナウイルスへの対応も含まれており、以下のように記されていた。

「今般の新型コロナウイルス感染拡大は医療事業を始め、第153期の全社の事業および経営戦略に大きく影響を及ぼすことが想定されています。従って、前項に記載した報酬水準を調整する必要があると判断しています。新型コロナウイルス感染拡大による経営戦略への影響および第153期の事業への影響がより明確になった時点で、改めて第153期の報酬内容を検討し、その後速やかに適切な方法にて開示する方針とします」

(出所)オリンパス㈱「第152期 有価証券報告書」

監査上の主要な検討事項(KAM)も株主総会前に提供

 有価証券報告書が株主総会前に提出されるということは、監査上の主要な検討事項(KAM)についても株主総会前に確認することができるということである。オリンパスは今年KAMの早期適用も行った。

【オリンパスの監査報告書に記載されたKAMの内容】

監査上の主要な検討事項
 監査上の主要な検討事項とは、当連結会計年度の連結財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項である。監査上の主要な検討事項は、連結財務諸表全体に対する監査の実施過程及び監査意見の形成において対応した事項であり、当監査法人は、当該事項に対して個別に意見を表明するものではない。

(出所)オリンパス㈱「第152期 有価証券報告書」

 オリンパスの監査報告書に記載された連結のKAMの1つ目は、「開発費用の資産化プロセスと会計処理」である。毎年オリンパスをウォッチしているあるアナリストは「どのような条件で開発費用の無形資産計上がされているのかが明らかになったし、開発費用の実在性と認識タイミングなどについて、きちんと精査されていることがわかった」と述べた。また、「この開発資産がどのような製品化計画により、どのくらいの期間で回収される と見積られているのかが気になるが、その点についてこの記述ではヒントは得られなかった」とも感じているようだ。

 また2つ目のKAMである「治療機器セグメントののれんの評価」についても「想定どおりの内容だが、新型コロナウイルスの影響について、どのような前提を置いているかがクリアに書かれており、会社発表数字を評価する上で参考になった」とポジティブに捉えていた。

 この有価証券報告書(監査報告書)が提出されてから半年経ち、11月13日には中間決算(第2四半期決算)が発表されている。その中では、映像事業の譲渡と、譲渡関連費用として470億円が計上されたことが示されている。このうち、「⾮継続事業で計上している費⽤ 437 億円の内訳は、固定資産減損・棚卸資産評価損や新会社の運転資⾦(両者の⽐率はおよそ 4:6)の割合が⼤きく、割増退職⾦や新会社設⽴関連費⽤などのワンショットコストも含まれる」と説明されている(決算説明会Q&A)。

 この事業譲渡は6月24日に発表されており(「映像事業の譲渡に関する意向確認書の締結について」)、株主総会でも「3期連続営業赤字を出しており、構造改革を行って黒字化が見込める事業構造とした上で分社化し譲渡しなければならない」と述べられていた。前述のアナリストは「この減損の可能性などはKAMにはあらわれないのだろうか」と少し物足りなく思っている。

来年もぜひ、株主総会前に有価証券報告書の提出を。

 オリンパスは、有価証券報告書を株主総会の前に提出するという対応を、今年だから行ったのだろうか、それともこれからも続けようとしているのだろうか。株主総会を遅らせた企業の中には、有価証券報告書の提出も遅らせたところもあった。オリンパスがそうしなかったのは、このような日程を求めている投資家がいると意識してのことだろうか。

 ある外資系の投資家は「オリンパスはこの数年で大きく変わった」と言う。海外の医療器メーカーのエグゼクティブなどを経験した人材を社外取締役として迎え入れて、様々な改革にも取り組み、開示も充実してきたと評価する。だからこそ、「これは一時的なことではないと思う」と断言する。株主総会も同日ライブで誰もが視聴することができ、その後もアーカイブされている。このような対応を行う会社は今年増えており、このまま継続してほしいし、他の会社にも続いてほしいと考える一方で、懸念されることもある。

 「有報を先に出そうとすると、その分決算短信の内容がますます薄くなってしまうのではないだろうか」

 決算が発表された時に、投資家は、企業とエンゲージメントを行う。その際に量の面でも、質の面でも十分 な情報が提供されていれば、正確なやりとりができる。有価証券報告書の早期開示は実現してほしいが、そのために決算短信をないがしろにしてしまっては、エンゲージメントの後退を招いてしまう。

 もちろん、だからといって「KAMを決算短信に」とはいえないだろう(そもそも決算短信は監査の対象ではない)。問題は、有価証券報告書の提出と株主総会の開催のタイミングだけではない。よりよい企業と投資家のコミュニケーションのためには、決算説明会からの一連の情報発信の最適なあり方について、継続して議論していく必要があるだろう。

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