COVID-19感染拡大に伴い、医療物資供給にあたる業者が留意すべき製造物責任:欧米の法制を概観

会社法務
※ウイルスはデフォルメしたイメージです。実在するものではありません。

ベーカー&マッケンジー法律事務所
弁護士 武藤佳昭
弁護士 立石竜資

医療物資供給に潜む法的リスクとは

 COVID-19の感染拡大により、人工呼吸器や医療従事者用の防護具(マスク、ガウン等)の医療物資の不足が深刻化し、国内外において他業種の企業に支援を呼びかける動きが広がっている。また、医療機器等への薬事法令の規制を一時的に緩和し、こうした異業種企業による取組みを後押しする措置も各国で講じられている。

 他方、人工呼吸器などの医療機器等は、患者の生命、健康に直結する製品であることから高度な安全性と厳格な設計および製造上の品質管理が求められる。万が一にも欠陥により事故を生じさせるようなことがあると、供給先への不完全履行責任に加えて、利用者への製造物責任を問われ、国によっては大きなクラスアクションに発展する可能性もある。

 したがって、緊急措置として迅速な供給を求められる場合であっても、安全性の確保は不可欠である。また、法的なリスクマネジメントの観点では、各国における製造物責任リスクを正確に把握し、法的に許される限りで免責を受けるための手段を講じることが必要となる。本稿では、緊急状況下において医療物資の供給業者が留意すべき、主要諸国の製造物責任と免責の仕組みについて概説する。

米国において問われる製造物責任とその免責

製造物責任法

 米国には、製造物責任に関する統一的な連邦法はない。製造物責任の法理論は、各州法により形成されており、一般に、その法的根拠(請求原因)は、①厳格責任、②過失責任、③保証責任、に見出すことができる。

 ①厳格責任は、製品が不合理に危険な状態で消費者に提供された場合に認められるのに対して、②過失責任は、サプライヤーの注意義務違反が存在する場合に認められる。また、③保証責任は、売主が製品の性質について明示または黙示に、虚偽または誤解を招く保証をした場合に認められる契約上の責任である。

COVID-19の緊急対応における製造物責任

国防生産法

 米国では、2020年3月20日、COVID-19の感染拡大に伴う医療物資の不足に対応するため、民間企業に調達や増産を促すことができる国防生産法が発動され、同法に基づき人工呼吸器等を製造する企業に対する支援等が命令されている。たとえば、同法に基づき2020年3月27日、ゼネラル・モーターズに対して人工呼吸器の製造が命令され、2020年4月2日には、ゼネラル・エレクトリック、ヒルロム・ホールディングス、メドトロニック、レスメド、ロイヤル・フィリップス、バイエアメディカルの6社に対して人工呼吸器の部品供給を支援するよう指示がなされた。

 この国防生産法には、サプライヤーが負う責任について特別な定めはない。したがって、国防生産法に基づく命令等に従い供給する場合であっても、製造物責任を免れることはできない。判例においても国防生産法に関連し、政府に対して供給した製品についてサプライヤーが負う責任を国が補償する義務はないとの判断が示されている(Hercules, Inc v. United States, 516 U.S. 417(1996))1

PREP法

 他方、医薬品や医療機器等の医療用製品については、Public Readiness and Emergency Preparedness Act (PREP法)が、保健福祉長官に対して、医療上の「Covered Countermeasures(免責対象対抗手段)」を製造し、販売し、管理し、または使用することに起因し、または関連する損害に関する請求につき、一定範囲の個人または法人を免責する旨の宣言を発する権限を与えている。そして、2020年3月10日に、同法に基づき、保健福祉長官による宣言が出され、COVID-19 が公衆衛生上の緊急事態に該当することが明らかにされた。

 同宣言では、「Covered Countermeasures」には以下のものが含まれることが示されている。

  1. COVID-19の診察、診断、治療、予防または緩和に用いられる抗ウイルス剤、その他の医薬品、生物学的製品、診断用製品、その他の医療機器またはワクチン
  2. 上記1の管理に用いられる機器
  3. 上記1の部品または材料

 また、PREP法により、「Covered Countermeasures」として扱われるためには、食品医薬品局の承認等を受けた製品であるか、または緊急使用許可が認められた製品であることが求められる。

 PREP法による免責は、故意による重大な負傷または死亡に関する責任には及ばないなどの限定はある。しかし、こうした例外を除き、連邦法によるか州法によるかを問わず、免責はすべての不法行為または契約に基づく訴えまたは請求に及ぶとされている。したがって、PREP法による免責の有無、範囲を具体的に確認することが重要である(特に「Covered Countermeasures」に該当するかの確認は必須である)が、米国においてCOVID-19の緊急対応に関連した医療物資の製造に取り組む場合、一般に製造物責任を免責される可能性が高いといえる。

欧州各国において問われる製造物責任とその免責

製造物責任法

 欧州各国では、医薬品、医療機器および防護具は、一般に、他の消費者用製品と同様の製造物責任法規の適用を受ける2。すなわち、製品の製造業者等は、EU加盟国では、①EU Product Liability Directive 85/374/EECに基づく厳格責任(無過失責任)、または②加盟各国の法令による不法行為責任(過失責任)に基づく責任を負う可能性がある3。厳格責任における「欠陥」は、消費者が一般に期待することができる安全性を備えているか(reasonable safety test)という観点から判断される。

COVID-19の緊急対応における製造物責任

 欧州各国においても、COVID-19 の感染拡大による医療物資の不足に対応して、各国で医療用製品の製造を呼びかけ、医療物資を確保する動きがみられる。他方、米国にみられるような医療物資のサプライヤーに対する免責制度は採用されていない。

 たとえば、英国では、Coronavirus Act 2020により、国務大臣は、National Health Serviceとして提供される役務に起因する死亡、負傷または損失に関する不法行為責任について、個人を免責する権限が与えられている。しかし、この免責は、医療従事者等の医療に関与する個人に対して与えられるものであり、COVID-19の医療に用いられる製品を供給する個人または法人にまでこの免責が及ぶものではないと解されている。

 また、スペインでは、医療用マスクおよびガウンについては、一定の場合に製造所の一時的許可を認め、またCEマーク4が未取得でも一定の条件を満たす場合に書面審査等により使用を認めるという規制緩和措置が講じられており、スペイン当局はこうした緩和措置について責任を引き受ける旨表明している。しかし、国が引き受ける責任は、①CEマークが取得されていない製品に関するものであり、かつ②スペイン当局が規制緩和措置において手続の省略を認めた安全面の問題に限定されている。したがって、供給業者の製造物責任を一般的に免責するものではないと解される。

 その他、ドイツ、フランス、イタリアにおいても米国のPREP法類似の免責ルールは採用されていない。

 したがって、欧州では、COVID-19の緊急対応として、医療物資の供給を求められる場合であっても、サプライヤーは製造物責任を負う可能性がある。欠陥や過失の有無の判断においては、緊急対応という特殊事情(医療物資不足が切迫し、極めて短時間での納入が求められていることや当局も基準を緩和していること等)が評価される可能性はあるものの、たとえ緊急事態であっても、生命にかかわるような医療用製品については高い安全性が求められるのが一般的であり、こうした特殊事情があることをもってただちに欠陥や過失が否定されるものではないと考えておくべきである。

他業種企業が医療関係製品を製造する場合の留意点

 他業種企業が医療関係製品の製造に取り組む場合には、製造物責任のリスク管理の観点から、以下の点に留意することが有益である。

  • 当該製品が使用される法域における製造物責任法の概要(一般的な要件、責任内容および被告の主張しうる抗弁等)と、医療機器およびその他の医療向け資材に適用される特則の有無・内容
  • 緊急的な医療関係製品の製造に適用されうる製造物責任の一般的免責事由と、現状を踏まえた特別法や行政措置による特例的免責事由の有無
  • これらの責任原因と免責事由の適用可能性、免責条件の充足可能性
  • サプライヤー、供給先、協業相手との責任限定合意
  • PL保険の適否と要否の検討、締結済みのPL保険の内容の確認
  • 安全性に関する試験結果、当局等とのコミュニケーション記録、供給開始後の安全情報収集・不具合対応記録等の保存

 なかでも各国における製造物責任の法理論と免責の仕組みを理解することは、リスクマネジメントの基礎であり、COVID-19の感染拡大という極めて異例な状況においても、正確な情報収集と分析を欠かすことはできない。

  1. ベトナム戦争の枯葉剤(エージェントオレンジ)による健康被害を受けた退役軍人が、国防生産法に基づいて供給した化学品メーカーに対して損害賠償を請求した事件において、化学品メーカーが退役軍人との間で和解を成立させた後に、国に対して求償したところ、最高裁判所は、国に対する求償権はないとして、化学品メーカーの請求を棄却した。
  2. ただし、ドイツのように特に医薬品に適用される製造物責任法制(連邦医薬品法)を有する国もある。
  3. 英国においても、同様に①Consumer Protection Actに基づく厳格責任または②コモンローに基づく過失責任を負う可能性がある。
  4. EUで販売される指定製品については、分野別のEU指令や規則に定められる必須要求事項(Essential Requirements)に適合したことを示すCEマークの貼付が義務づけられている。

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