コロナと戦う開示⑰ 経済だけでなく、開示の質も牽引役であってほしいトヨタ

会計・監査

野村総合研究所 データアナリスト
三井千絵

注:本記事は2月19日に脱稿したものである

コロナ禍でも健在

 《コロナと戦っている企業》と聞いてトヨタ自動車㈱(以下、「トヨタ」)が思い浮かぶ人は少なくないのではないか。多くの企業が2021年3月期の業績予想を出せなかった昨年5月、豊田章男社長はリーマン・ショックよりインパクトが大きいと述べつつも、80%減益でありながら黒字の予想を発表した。2020年5月12日に開催された決算説明会では、多くの企業が業績予想発表を見送る中で、どのように需要や業績の見通しを予想したのかという問いに対して豊田社長は次のように答えた。

「我々がクルマをつくることで、仕入れ先の工場も動き出し、また地域社会も動きだす。自動車産業というのは、経済に対する波及効果が、自動車を“1”としますと他産業に及ぼす影響が“2.5”という数値も出ているように、色んな方の生活を取り戻す一助になるんじゃないのかなというふうに思っております。だからこそ、危機的状況だからこそ、今置かれている状況、今わかっている状況を正直にお話し、ひとつの基準を示すことが必要だと思いました。この基準があることによって、裾野の広い自動車産業の関係各社が皆さん、何かしらの計画、何かしらの準備ができるのではないかなと思います。ここからはですね、私どもが、分かってきた情報をタイムリーにお伝えしていくことによって、見通しの見えない中、異常管理をしながら、何とか当初の計画に近い状態に持っていくよう、みんなで心を合わせてやっていきたいなというふうにも思っております。」

(出所)トヨタ自動車㈱2020年3月期 決算説明会 Ⅱ部(社長メッセージ)[動画]

 その後、トヨタを含む自動車産業では徐々に業績が回復し、11月6日に行われた中間決算説明会では社長みずからが異例の登板で会見を行った1。この時点でも業績予想は上方修正されていたが、2月10日に発表された第3四半期決算の四半期利益(3ヶ月)は前年同期の約1.5倍となった。実際この時点では、日本企業の3社に1社が業績見通しの上方修正をしていたが2、その中でもトヨタの業績は目をひいた。

 5月の決算説明会の時に「(コロナで)プライベート空間としてのニーズが見直されるのでは?」と聞いた記者がいたが、確かに、不特定多数が利用する航空機や鉄道とは異なり、自動車の需要が伸びる余地はあった。例えば、巣ごもり需要で宅配ニーズは高まっているし、感染リスクをできるだけ抑えて旅行をしようとすれば公的交通機関よりは自家用車ということになる。工場が稼働できないとか、初期の頃にみられたような流通のトラブルさえなければ、自動車産業はより早く回復し、経済の復活を牽引できるのかもしれない。トヨタは自社と顧客、仕入先への対応だけでなく、マスクやフェースシールドの生産など地域社会に対しても貢献してきた。豊田社長は、日本経済を支えてきた企業を応援して欲しい、とスピーチの最後に訴えた。

人気のないトヨタの開示

 実は、トヨタの開示は投資家にあまり人気がない。トヨタの決算説明会資料は、常にトヨタの車が表紙を飾り、車が好きな人には素晴らしい資料かもしれない。しかし、トヨタ自身のやや質実剛健な会社姿勢を反映してか、非常に無駄がないというべきか、とにかく車の売上の話ばかりになっている。

 「トヨタの決算説明はとてもシンプルだと思う」とアクティブ運用のあるファンドマネージャーは感じている。ただ、何台売れたからいくら収益があがったという説明が中心で、資産の状況などについて説明をほとんどしない。

 5月に開催された2020年3月期決算説明会(動画)でも、このような状況下で業績予想を出したことに対する賞賛の声が聞かれるが、よくよく振り返ってみるとその根拠はほとんど説明されていない。

 2月10日に行われた第3四半期決算説明会(動画)では、原価改善に関する問いに対して、連結営業利益増減要因(前期差)の説明の中で、「原価改善の努力」により「+1,850億円」(資材の高騰を除くと約2,000億円)となったと述べているが、「原価改善はグロスの影響で毎年3,000億円ぐらいを目指しており、普通の期より若干少ないのは販売台数の減少によるもの」という説明のみである。資材の価格や工場の稼働率、販売管理費などさまざまな要因が考えられるが、その内訳はよくみえない。

 何十年も繰り返し原価改善が行われ続けているため、改めて説明すべきことが浮かばないのかもしれない。執行役員の近健太氏が、社員や仕入先やさまざまなステークホルダーへの感謝を滲ませながら「一生懸命やってきた成果です」と述べると、質問者はさらに中間決算で減少していた北米事業のインセンティブ(販売奨励金)に関する詳細な説明を求めた3

 この回答は次のようにかなり具体的だった。

  1. 第1・第2四半期ではそもそも販売台数が減少していたためにインセンティブの総額が減っていた一方で、第3四半期では販売台数自体は増加しており、インセンティブの総額は増えている。ただ、1台当たりのインセンティブは抑えられており、このインセンティブの抑制には、販売台数とミックス(構成)が影響している。
  2. 北米の金融事業と自動車事業との連携を深め、リースの残価設定を保守的に見直し、また、リーマン・ショック後与信を厳しくしたことで資産の健全性を高めてきたところで、中古車価格が上がり残価のコストや貸倒れコストが減ってきた。それが増益につながっている。

 トヨタはなぜかこういった状況を、質問されないと積極的に説明をしないところがあるように思う。

事業や資産の状況がみえにくい

 2020年3月期決算が開示された昨年の5月末、ちょうど製造業の生産設備の稼働状況が気になっていた頃であるが、何人かの投資家は不満を示していた。5月末は感染の状況が一時的に落ち着いた頃でもあったが、コロナ禍からどう経済が回復するか、コンシューマーの行動がどう変化するかといったことが読めない時期であったとは思う。ある投資家は、マネジメントが生産設備の減損の可能性について言及できなくてもそれは仕方がないと前置きをしたうえで、それでもリースやローンといった金融サービスについては、コロナ禍の影響がその見積りにどう影響すると考えているかといった説明をもっと書いてほしいと述べた。

⑪重要な会計上の見積り
 トヨタの連結財務諸表は、米国において一般に公正妥当と認められる会計原則に基づき作成されています。これらの連結財務諸表の作成にあたって、連結貸借対照表上の資産、負債の計上額、および連結損益計算書上の収益、費用の計上額に影響を与える見積り、判断ならびに仮定を使用する必要があります。トヨタの重要な会計方針のうち、判断、見積りおよび仮定の割合が高いものは以下に挙げられています。
 なお、今後の世界経済は、新型コロナウイルスの影響により、多くの国・地域での急激な落ち込みが懸念されます。自動車の生産面、販売面にも既に大きな影響が及んでいます。世界の自動車市場は、全体として2020年4月から6月を底に徐々に回復し、2020年の年末から2021年の前半にかけて、前年並みに戻る前提としていますが、影響は広域かつ甚大で、深刻であり、当面は弱い動きが続くと見込まれます。

(出所)トヨタ自動車㈱2020年3月期有価証券報告書

 次にトヨタに投資をしていないアクティブ運用の投資家の意見も聞いた。彼はGMと比較し次のような感想を述べてくれた。

「GMは、金融セグメントについてもっと情報が開示されています。例えば現在のクレジットの状況で、ローンの損失に対する引当金が十分かどうかを説明しています。また中古車の価格の下落がバランスシート上の リース資産のresidual value (残存価額)にどう影響があるかを説明しています。トヨタの開示は概ね問題ありませんが、今年の収益にだけ言及しています。これからIFRS を適用するのですから、もう少しバランスシートにどうインパクトがあるかについての説明を強化していただけたらと思います。」

・金融事業セグメント
 当連結会計年度における金融事業セグメントの売上高は2兆1,905億円と、前連結会計年度に比べて370億円(1.7%) の増収となりました。この増収は、主に北米の販売金融子会社において、小売債権残高が増加したことによるものですが、為替の影響などにより一部相殺されています。
 当連結会計年度における金融事業セグメントの営業利益は2,921億円と、前連結会計年度に比べて306億円(9.5%)の減益となりました。この営業利益の減益は、主に北米の販売金融子会社において、貸倒関連費用が増加したことによるものですが、融資残高の増加などにより一部相殺されています。なお、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴い貸倒引当金や残価損失引当金を積み増した影響600億円の損失が含まれています。

(出所)トヨタ自動車㈱2020年3月期有価証券報告書

改革の意気込み—モビリティカンパニーへのフルモデルチェンジ

 将来のビジョンについて開示がないわけではない。決算説明会中の社長スピーチではいろいろな未来を語られているし、Annual Report(「Annual Report 2019」)には、今後トヨタがモビリティカンパニーにフルモデルチェンジをしていくというビジョンが説明されている。自分の生まれた町や国を愛するように地球を大事にする、すなわち「ホームタウン」「ホームカントリー」に、「ホームプラネット」(地球を大切に)という視点をあわせて、EVカーの普及を加速していくと書かれている。また、交通事故死傷者ゼロの社会を目指して予防安全、自動運転の研究開発に力をいれることも記載されている。

 最近海外のコーポレートガバナンスの議論で注目されている「ステークホルダーエンゲージメント」については、トヨタには長い歴史がある。英国では今年から、経営者が従業員や仕入先などステークホルダーとどう対話し、それをどう意思決定に活かしたかを、年次報告書において開示することが求められている。開示はさておき、トヨタにとっては、その事業の特性から、仕入先や購入後の顧客とのコミュニケーションはこれまでも必須であっただろう。Annual Reportにはトヨタのさまざまな取組みが細かく書き込まれている。資本政策、サステナビリティ、コーポレートガバナンス、人権・サプライチェーン、従業員に対する取組み、リスクマネジメント、コンプライアンスと一通りの情報が網羅されている。

 したがって、トヨタが「今後どうなりたい」と考えているかは、Annual Reportに十分記載されているといえる。一方、有価証券報告書や決算短信など決算時の開示では、それらが「実際どうなりそうか」、あるいは「経営者自身がどうなりそうだと思っているか」を説明することが求められる。説明すべき要件については、改正された開示府令等によって強化されたが、トヨタはこういった説明が従来から少なくみえる。これが前述のような投資家・アナリストの不満につながっているところなのだろう。

 コーポレートガバナンスに関しては、トヨタは数年前の優先株発行から海外の投資家に評判が悪い。有価証券報告書をみると、2020年4月から副社長を廃して執行役員に一本化し、各執行役員の役割をより明確化したことが書かれており、機動的な意思決定に向けた改革に力をいれていることは理解できる。その一方で、社長に強く意見ができる立場であるという意味で、取締役の1人を「番頭」という肩書で呼び、2021年3月期第2四半期の決算説明会では「番頭」として発言をしている(英語版の決算説明会の動画でも“BANTOU”と表記がある)。このようなやり方が、はたして海外の投資家に理解されるのか興味深い。

がんばれトヨタ  

 何はともあれ、トヨタの開示が自動車の販売のことばかり言及されていたとしても、トヨタという会社自身が、リーマン・ショック以上の困難な年に、国の経済、地域社会を支えようと頑張り、コーポレートガバナンスの改革も行い、EVカー、自動運転にも取り組み、マスクやフェースシールドの生産も行いながら利益を出したことは事実で、これは称賛に値する。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗元会長の問題発言では、豊田社長はスポンサーとしていち早く苦言も表明し、それを第3四半期決算説明会で紹介したりしている。そんなトヨタには、ぜひもう一歩、決算の説明を質的に向上させてもらえたらと思う。そしてさらに頼もしい存在になってほしいと思っている。

  1. 豊田章男社長が中間決算に出席するのはこれが初めて。トヨタの社長が年度の途中で決算説明会に出るのも2002年以来(https://toyotatimes.jp/insidetoyota/099.html)。
  2. 日本経済新聞電子版2021年2月14日
  3. 中間決算のときに(コスト要因となる)インセンティブが減っているということだったが、引き続きその状況が続いているのか、インセンティブが減っているとすればその要因は何かといった趣旨の質問。

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