コロナと戦う開示⑦:日立「すべて情報を出して投資家と議論したい」

Opinion

データアナリスト 三井千絵

 新型コロナウイルス感染症の影響によって決算・監査作業を通常どおり進めることが難しい状況下でも、多くの企業が決算を遅らせないことに注力した。それも投資家、アナリストを慮ってのことだと思うが、一方で株主総会と決算を遅らせることを早々と発表した日立製作所(以下、日立)には、一部の投資家から喝采が送られていた。そして5月29日に発表となった決算情報は昨年を上回るボリュームで、その開示に対する姿勢を称賛した投資家も少なくない。今回はそんな日立の開示を取り上げたい。

今年の目標は開示の充実、資本市場と数字で対話

 5月29日、日立は19頁の決算短信(「2020年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」)と、細かな点までぎっしりとデータを掲げた20頁の補足資料、そして42頁の説明会資料のスライド(「2020年3月期 連結決算の概要」)を発表した。もう1つ、同日COVID-19の影響下での中期経営計画の進捗に関する資料(「2021中期経営計画 進捗発表」)も発表した。

説明会

 同日の説明会では、前半は河村芳彦CFOから決算説明会資料をもとにした説明が行われた。

 まずCOVID-19の影響を除いても、ほとんどの連結の数字は前年度比マイナスであったことをはっきりと述べている(これは堅調に推移したITセグメントの営業利益が過去最高であることを証明したかったという面もあるかもしれない)。続けて手元流動性や株主還元(過去10年間ずっと伸びている!)について説明された。

 次に2020年の見通しが説明された。業績予想の発表を見送る企業が多いなか、驚くほど詳細な数字があげられた。ここでもCOVID-19の影響を除いた場合と含んだ場合の数字をそれぞれ記載している。COVID-19の影響を含めた場合には調整後営業利益は大きく下がるが、純利益は増益になる計算であると説明されている。

 その背景の1つとしてCOVID-19の影響を受けにくい、あるいはCOVID-19の影響がむしろ強みとなる可能性のあるITセクターが伸びていること等があげられている。そのほかに、収益改善活動をしていることや受注確保に努めていることが強調された。特にCOVID-19の影響で伸びている分野、例えば自動化・デジタル化といった分野で受注を強化できるよう人材育成にも力を入れていると説明した。

 さらに、この予想の重要な要素である「COVID-19 影響算出の前提条件」を説明した。地域とプロダクトでどれくらいの影響があるか(売上収益に変動があるか)をメトリクスで色分けした。そして、この前提条件をもとに作成したセグメント・上場子会社ごとの見通しが示されている。

(出所:株式会社日立製作所「2020年3月期 連結決算の概要」21頁)

 そして、河村CFOは、日立が今年開示の充実に取り組んでいるという点を説明した。初めてROIC、EBITDA等をセグメントごとに記載し、ROICが資本コストを上回っていることを投資家に示した。また、セグメント別のEBITDAは、大きなM&A案件を抱える日立としては償却費が大きいため、それを全部入れ戻した数字を見てもらうことで“稼ぐ力”について理解してほしいと考えたそうだ。

補足資料

 補足資料の開示は今年が初めての取組みだ。PDFとExcelの2つの形式で用意されており、外国人アナリストでも容易に用いることができるよう全項目を英語で記載している。

 その内容は、収益、営業利益、EBIT、EBITDA、株主帰属純利益等の今期の結果と来期の予想について、COVID-19の影響を含む場合、含まない場合に分けて示したもので、最後にROICも掲載している。これを5つのセグメントと4つの上場子会社についてまとめている。

 そして、地域別売上収益、設備投資額、減価償却費(有形/無形/買収に伴う無形資産の償却費)、研究開発費についても、やはり5セグメント・4上場子会社ごとに、前期・今期の数字をすべて表にまとめている。また、主要事業であるLumadaの業績、為替レート、従業員数(グローバルで30万人、海外が半分弱)・連結子会社数(814社、8割が海外)も記載している。

前提の理由を求めるアナリスト

 日立の決算説明会は英語で逐次通訳され、①報道機関、②投資家・アナリスト、③外国人投資家等、とグループ分けして、それぞれ質問が受け付けられた。業績予想が示されたということで、その見積りの立て方について、いくつか質問されている。

 確かに “見積りの仮定”に対する日立の説明は多くなかったかもしれない。例えば、説明会資料の22頁にCOVID-19の影響率を示し、モビリティ、インダストリーセグメントが大きく影響を受けていることがわかる。この点、21頁に、例えばインダストリーセグメントであれば航空、自動車、鉄鋼などと、確かにコロナの影響を受けそうな産業名が並べられている。モビリティセグメントでは鉄道などだ。

 アナリストから、「自動車産業は大きく影響を受けており、部品産業にも影響があることはわかる。こうした産業と関連する会社の中には業績予想を示すことができていないところもあるが、日立はどうやって業績予想を行ったのか?」といった質問が出た。日立側が、どのような“市場の見方”をもって予想を行ったか説明すると、「来期は詳細に予想されているが、その次はどうか?」という質問が投げかけられた。日立側は「そこまではまだ精緻な数字は出せていない。2021年には(コロナ前に)戻るのではないか、という想定も出ていたが…」と回答した。

 日立は広範囲にビジネスを展開し、あらゆる産業とつながっている。それを積上方式で業績予想に落とし込んでいるため、「ざっくり来年はこれぐらい」と言いづらいのだろう。これについては、ある投資家は「マーケットの回復率などを“今年はざっくり75%”などと適当に数字を並べたという印象を受ける会社もある中で、日立は非常に精緻に計算している感じがする」と感想を述べた。

 また(決算説明会資料)18頁に示された「設備投資の優先順位見直し」について、詳細を問われ「従来の考え方を変え、成長分野に優先的に配分したい。ただ、まだ検討中のため補足資料の2020年の欄には示せていない」と述べた。こういった大切なところが、質問が出ないと説明されない点がやや惜しい。

 とはいえ、日立を継続的に見ているある投資家は「日立は、毎年、開示資料がよくなるように思う。日々努力を重ねていると感じる」という。来年はさらなる改善があるかもしれない。

アフター・コロナの社会のあり方を模索

 続けて中期経営計画の進捗説明となった。26頁からなる資料では、進行中の買収を含む事業再編はもちろんのこと、アフター・コロナをどのような社会と位置づけ、今後どのように会社を変革していこうとしているかについても解説されていた。

 資料では、まず日立が2020年第2四半期のグローバル経済をどう見ているか、この経済の状況によって日立がどれくらい影響を受けるかが記載されており、続けてウィズ・コロナ、アフター・コロナの労働・生活形態の変革の中で日立がどのような点に力を入れていこうとしているかが示されている。

 次にコロナとは直接関係しないこれまでの取組みの総括が示され(デジタル化の強化や事業ポートフォリオの再編等(5頁))、その後COVID-19がもたらした社会の変化とLumada事業の関係が図示されている(8頁)。リモート化、非接触化、自動化が進む社会で、Lumadaの事業である、制御・運用技術とプロダクト、そしてITの組み合わせでシステムインテグレーションを促進させる方向を示したものだ。9頁には、具体的に注力する事業領域として、ITセグメントではDXとクラウド、エネルギーセグメントではデータセンターなどの電力消費の効率化、インダストリーセグメントでは生産の自動化・電動化があげられている。

 後半(13頁以降)では、今後の経営方針について、COVID-19の影響が継続する社会においても成長するために在宅勤務活用を標準とした働き方を導入すること等が述べられている。そのために業務プロセスの見直しだけでなく、人事体系も見直すことが説明されており、「日立ほどの規模の企業がジョブ型の人材マネジメントを導入するとなると、影響力もかなりあるのではないか」と、期待を持った投資家もあった。

 また、30万人の従業員に「どうやって社会に貢献していくかを考えてほしい」と求め、アイディアコンテストを行ったそうだ。1,400件を超える応募には、どこに寄付をするべきとか、こういう製品を出すべき(FaceSheetとか)、あるいは(COVID-19のもとで)こういう働き方をしたい、といった意見が集まったそうだ。

できるだけ投資家にデータを出して意見をもらったほうがいい

 3密を避けて広い会議室で1人説明を続ける東原敏昭社長の話(動画)が終わると、あるアナリストから「ものすごいスピード感で、ガイダンス(編注:業績予想)まで出していただき、ありがとうございます」という賛辞が贈られた。 「不透明なことがたくさんあったであろうに、このスピード感がすごい」といわれると、東原社長はむしろ当惑したかのように「この2カ月、これにかかりっきりだった」と答えた。

 東原社長はまた、当初はコロナの影響なしで作って、その後、地域、プロダクト別に分析し、感染拡大の第2波、第3波が来た場合などの非常に厳しい条件についても分析したことを説明した。それでもなお不透明なことがあるが、そうした部分は実際にわからないのだから、できるだけデータを出して、投資家、アナリストに意見をもらったほうがよい、と考え業績予想も出したと語った。そして、COVID-19については、例えば今“三密”は悪いことといわれているが、コミュニケーションにおいて“密”は重要であり、これをバーチャルな中でどうやって実現していくかなど解決すべき課題がある、とこれからに向けて強く方向性を示した。

 日立は、前期は昨年4月末に決算発表を行っている。グローバルに事業展開し様々な産業とつながった日立が、決算・監査作業が終わらないとして株主総会を延期したというニュースが流れた時、「日立なら仕方がない」、「潔い決断」といわれてはいたが、昨年の決算発表と比べてたった1カ月遅れで、これまでの開示を凌駕したものを出してくるとは予想できなかった。COVID-19による逆境を跳ね返した見事な開示といえるのではないだろうか。

 1点指摘するとすれば、日立はIFRS適用企業であるものの、決算短信本体には会計上の見積りの仮定などが注記されていない。来期の業績予想自体は精緻ではあるが、その仮定(前提)の説明の不足は、決算説明会中でも複数人から質問されている。これについては有価証券報告書の開示を待ちたいと思う。

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