コロナは経理をどう変えるか①:転換期にある経理の働き方

Opinion

米国公認会計士 河辺亮二

ワークスタイル改革を迫られる「経理」

 本稿執筆時点(2020/4/24)、多くの人が在宅での勤務を余儀なくされており、日々戸惑いの中で業務を遂行していると思われる。今回の新型コロナウイルスの感染はいまだ広がっており、当面はリモート環境での勤務が続くものと予想される。

 とりわけ経理、経営企画などのスタッフは、これまで勤務地のあるオフィス内で大半の業務を遂行することが一般的であり、これほど長い期間にわたり在宅勤務を経験するのは初めてのことであろう。あくまでも筆者の予想にすぎないが、このようなリモート環境での勤務形態は、新型コロナウイルス感染拡大が収束すれば終わるという一過性のものではなく、新しい働き方のモデルとして恒常化する可能性が高いのではないだろうか。

 2010年以降、欧米諸国では、流通サービス業において自動化と情報化が加速し、リアル店舗をもたないAmazon型ビジネスモデルが業界を席巻したことは記憶に新しい。働き方という点においては、例えば、米国のシリコンバレー・ハイテクエリアでは、交通渋滞の緩和1や高額なオフィス賃貸料の削減を目的として、ホワイトカラーを含む従業員のリモートワークがすでに一般化している。

 一方で、平成の30年間を通して、わが国の製造現場においても、グローバルな激しいコスト競争の中で、徹底的な自動化と省人化、工場の無人化が進められてきた。しかし、経理スタッフのワークスタイルに目を向けると、これまであまり変化してこなかったというのが、偽らざる事実ではないだろうか。

 そこで、これから複数回(2回予定)に分けて「コロナは経理をどう変えるか」という問題意識に基づいて、グローバル基準の経理のワークスタイル改革を検討してみたい。

経理に新たに求められる能力とは?

 2020年度はもともと「東京オリンピック・パラリンピック」の開催が予定されていた。延期とはなったものの、期間中、首都圏での通勤・通学等による交通混雑を緩和することを目的に、東京都では時差出勤を要請することが計画されていた。

 さらに、欧米諸国に比べわが国のホワイトカラーの生産性が低いことが指摘されており2、その打開策として、官民を挙げて、いわゆる「働き方改革」が進められている。具体的には、勤務形態の柔軟化、労働時間の短縮(時間外労働の上限規制、有給休暇取得の義務化)などが制度化され、昭和、平成から脈々と続くこれまでの経理スタッフの働き方にも変革が求められている。今回のコロナウイルス感染防止を契機にした在宅勤務は、結果としてこの流れを加速させたと考えられる。

 一方、このような環境のなか、従来どおり多忙な年間決算スケジュールに対応しなければならないのが経理の役割でもある。

 そこで新たに求められる能力として、次の3つを挙げてみたい。

  1. リスク耐性
  2. フレキシビリティ(柔軟性)
  3. レジリエンス(回復力)

 これまでも、製造や流通サービスの現場においては、地震など自然災害への対応として、BCP(ビジネス・コンティニュイティ・プラン)を策定し、非常時にもサプライチェーンやバリューチェーンが停止しないように対策がとられてきた。これからは経理にとっても同様に、「業務を停止させないための業務基盤」の確立が極めて重要になってくるであろう。

たこつぼ的な経理業務を標準化しよう!

衝撃を受けたシリコンバレーの勤務形態

 現在のような在宅での勤務が始まって、最初に思い出したのが、10年ほど前に訪問した米国西海岸シリコンバレーの会社スタッフの勤務形態だ。当時、筆者はコンサルティング会社に所属しており、そのフレキシブルな働き方に共感を覚えた。と同時に、オフィスに出社する日は限定的で、対面で話し合う必要がある場合を除いて、PCや電話会議を使って自宅で効率的に仕事をこなすというスタイルに衝撃を受けた。

 シリコンバレーにおいては、従業員が就職先を選ぶ際にも、自らがその勤務環境でパフォーマンスを発揮することができるかどうかといった「働きやすさ」がトップ・プライオリティになっていたのだ。そして、勤務環境の質が、企業のパフォーマンスに直結するという考え方が徹底されていたのである。

日本で経理業務の標準化が遅れた理由

 一方、わが国の企業組織は閉鎖的で協調的、かつ横並び志向が強いといわれる。新興国の圧倒的なコスト圧力にさらされ自動化が進んだ製造現場に比べると、経理などスタッフ部門には変化が少なく、毎日決まったオフィスで1日中業務を行うという企業がまだまだ多いのではないだろうか。

 例えば、決算業務や予算管理といった業務は、会社経営計画や経営管理に直結すると考えられ、モノを扱う製造部門に比べてプロセスの外製(アウトソーシング)化が進んでこなかった。内製(インハウス)中心で外部環境にさらされないことは、標準化の遅れ、独自プロセスへの固執につながり、日本企業から非効率的な慣行を改める機会を奪っていた。

 米国ではITサービスの延長線上で、経理や税務サービスのアウトソーシングが幅広く浸透しているが、わが国においては業務委託の範囲が限定されている。業績開示や監査制度、税務申告等に関する法制度も、標準化された経理サービスの活用を前提としたものにはなっておらず、ペーパーレス化のレベルも低い状態に置かれている。

 また、これも長らく指摘されてきたことで、あくまでも傾向ではあるが、わが国ではITの活用が属人的、分断(たこつぼ)的となっている。「ITに業務を寄せる」という考え方ではなく、「業務に合わせてシステム開発をする」ことが多く、エンドユーザ志向という名のもとで、独自仕様、独自インターフェースのシステムが開発されるケースが多い。この結果、データの連携、インテグレーションが困難になっているのだ。

 最近のITの進化には目を見張るものがある。これまでは、インターネットを介したデータへのアクセスやリモート会議などのWebアプリケーションは、データ量や帯域の制限により、十分なスピードや品質が実現されていなかった。現在では、自宅でもほぼオフィスにいるようなレベルにまで進化している。

 いつでもどこでもITを活用した広範囲の業務を実現できるという環境が(もちろんセキュリティが保たれたデータベースを活用するという前提だが)、災害の常態化を前提としたこれからの経理業務のBCPとして求められる姿なのではないだろうか。次節以降では、具体的にどのようにして経理のリスク耐性とフレキシビリティ、さらにはレジリエンスを高めていけばよいのかについて述べる。

データのインテグレーションでリスク耐性を高めよう!

  1. 都市部の住宅コストの高騰に伴い、多くの労働者が郊外から通勤するため、交通渋滞が社会的に問題となっている。
  2. 例えば、日本生産性本部の調査「労働生産性の国際比較2019」等を参照。

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