コロナ禍における現代奴隷、労働者搾取防止のための取組み :英国・豪州奴隷法における「ガイダンス」を手掛かりに

会社法務
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ベーカー&マッケンジー法律事務所
弁護士 吉田武史

はじめに

 コロナ禍における海外サプライチェーン等において、感染拡大を助長する職場環境のほか、工場の閉鎖、人員削減、サプライチェーンの変更等による児童労働、人身売買、強制労働といった現代奴隷リスクまたは労働者搾取リスクが高まる懸念が生じている。こうした状況をふまえて、すでに現代奴隷防止のための取組みに関する公表・報告義務を課す法令(以下「現代奴隷法」という)を有している英国および豪州では、政府より、コロナ禍における現代奴隷防止のための取組みに関するガイダンスを公表している。

 これらのガイダンスは、英国、豪州の現代奴隷法の適用に基づき同取組みの公表・報告を予定・継続している日本企業はもとより、同法の適用の有無にかかわらず、自社の海外サプライチェーンにおいて現代奴隷に基づく人権侵害が発覚した場合の法令違反リスク・レピュテーションリスクなど、リスクマネジメントの一環として、現代奴隷防止に取り組んでいる日本企業にとって参考となる。

英国現代奴隷法とコロナ禍の対応

英国現代奴隷法の概要

 まずは、英国現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)の概要を簡潔に説明する。

 同法の適用対象となる企業は下記のとおりである(同法54条2項および3項等参照)。

(a) 英国で事業の全部または一部を行い、

(b) 商品またはサービスを提供し、かつ、

(c) 3,600 万ポンド以上の年間売上を有する、

(d) 会社または組合

 なお、同法の実務ガイドによれば、「会社または組合」には、日本で設立された法人または組合も含まれ、「年間売上」の算定対象は、子会社(英国で事業を行うか否かを問わない)の売上額も含まれる。

 同法の適用対象となる企業は、現代奴隷ステートメントとして、下記の項目を公表・開示することが推奨されている(同法54条5項参照)。なお、現代奴隷ステートメントについては、自社のウェブサイト等において、対象となる事業年度ごとに継続して公表することが義務づけられている。

①企業の組織構造・事業・サプライチェーン

②現代奴隷および人身取引に対する方針・ポリシー

③事業やサプライチェーンにおける現代奴隷および人身取引に関するデューデリジェンス

④現代奴隷および人身取引のリスクがある事業やサプライチェーンの特定、および当該リスクの評価・対応のための措置

⑤現代奴隷および人身取引の防止に向けた措置の実効性、および適切な業績指標による評価

⑥ 現代奴隷および人身取引に関する、従業員向けトレーニングおよび能力開発

コロナ禍における「ガイダンス」

 2020年4月20日、英国内務省は、英国現代奴隷法のもと、現代奴隷ステートメントの公表義務がある企業に対して、COVID-19感染拡大下においても、みずからの事業およびサプライチェーンにおける現代奴隷リスクの評価・対応を継続して行うとともに、特に労働者の健康と安全の側面に焦点をあて、需要の変動や事業モデルの変更により生じ得る、新たな労働搾取リスクについて検討する必要があるとのガイダンスを公表している。

 一方で、COVID-19感染拡大下においてとられた新たな現代奴隷防止のための取組みは、ステートメントのなかで触れられる必要があり、かつ、当該取組みのモニタリングの状況についても、翌年度の現代奴隷ステートメントにおいて、記載されるべきであるとする。さらに、新たな現代奴隷リスク対応のために、検討されるべき事項として、以下の点を具体的にあげている。

労働者の健康・安全面:地域または国による労働者の健康・安全に関するポリシーをサプライチェーン全体に導入すること。同ポリシーの内容としては、ソーシャルディスタンスの採用や感染拡大防止のための法令上の疾病手当金の給付も含まれる。

サプライヤー支援:生産においてすでに発注されているものに対する支払など、サプライヤーとの契約関係を優先させること。すでに発注されたものが不要となり得る状況であったとしても、サプライヤーの労働者にとって、時期に遅れたキャンセルにより、すでに完了している仕事に対する賃金を受けとることに支障が生じることの認識が必要となる。

採用:サプライヤーのなかには、需要の増加に対応するために、さらに労働者の採用を求める可能性もある。企業としては、脆弱な立場にある労働者が需要の高まりから生じる利益を追求する第三者によって搾取されないよう、企業およびそのサプライヤーにおいて、注意深く監視するようにすべきである。

苦情申立て・通報手続:労働者が苦情申立て・通報手続を利用でき、かつ新たなまたはすでに導入済みの手続を必要な場合に利用できるようにしておくことが重要である。

新たに生じているリスク:急激な環境の変化のもとでは、事業やサプライチェーンにおいて、新たなまたはさらなる現代奴隷リスクが生じ得る。企業としては、新たなリスク評価またはすでに特定されているリスクの優先順位について検討することが望ましい。こうしたリスク評価の一環として、どの労働者が特に脆弱な立場におかれているかを検討のうえ、取締役会に新たなまたはさらなるリスクについてアップデートするべきである。

公表期限の修正

 なお、COVID-19感染拡大の影響下、現代奴隷ステートメントの公表が、事業年度の末日から6カ月以内の期限に遅れる企業に対しても、6カ月間の遅れの範囲内であれば、英国現代奴隷法違反として処罰の対象とはならないことを明示するとともに、遅延理由についても記載すべきであるとしている。

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