企業と投資家は痛みを分け合い柔軟な対応を!:ICGNのメッセージ

Opinion

データアナリスト 三井千絵

 4月23日、国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)が「Governance Priorities During the Covid-19 Pandemic」(日本語訳:「Covid-19蔓延下でのガバナンスの優先課題」))というステートメントを発表した。ICGNはその運用資産を合計すると54兆ドルに及ぶ投資家をメンバーとし、企業の長期的価値の向上をめざし、強い経済と健全な社会に貢献することは投資家と企業の共通の利益と責任である、と提唱している。

 このステートメントについては4月27日の日本経済新聞1面(朝刊)で報じられたが、記事は「配当より雇用維持を」というタイトルで、配当についてのみ大きくフォーカスしていた。しかし、このステートメントでは配当についてのみが述べられているわけではない。Covid-19パンデミックがもたらす危機を乗り越えるために、企業向けに6つ、投資家向けに6つのガバナンスの優先事項があげられており、企業に向けては企業開示や株主総会、投資家に向けては空売りや資本配分といった様々な分野に関するメッセージが込められている。本稿ではそれらを紹介したいと思う。

企業のガバナンス優先事項:社会に対する責任、信頼の構築

 企業向けにパンデミック下のガバナンスの優先事項と述べているのは、次の6点だ。すなわち、1.社会に対する責任、2.役員報酬、3.配当、4.資本調達、5.年次株主総会と取締役の選任、6.企業報告(開示)となっており、この危機から回復するための力と信頼の獲得、そして長期の企業価値向上のために必要なことだと述べている。

 まず「1.社会に対する責任」では、この状況下における社会的責任として、正社員、請負業者(派遣社員)などすべてのスタッフの健康や福祉を確保することを企業に求めている。男性に比してパートタイム勤務・低所得であることが多い女性労働者をよりケアすることをすすめている。

 次に、「2.役員報酬」では、その支給について、優れたパフォーマンスを発揮したとしても、会社の財政的危機を優先すべきとし、みなと痛みを分け合うべきとしている。

 「3.配当」では、もし財務的危機が従業員やサプライヤー、その他のステークホルダーに影響を与えるようなら、配当の削減や停止を検討するべきだと言う。しかし同時に、この配当を受け取る年金生活者のことなどを考え、もし長期の財務安定性を損なうことなく配当できるのであればそうするべきだとも述べている。

 「4.資本調達」では、今多くの企業が事業を継続するために資本調達を必要とすることが考えられるが、現在投資家が推奨する希薄化限度額を上回ってもサポートするようICGNは関係者に呼びかけていると伝えている。

 「5.年次株主総会と取締役の選任」では、投資家はこの危機を乗り越える能力を取締役に求めるだろうから、この困難な時期に安定的に経営ができるよう、場合によっては現状をよく知っている現・取締役の任期を適度に延長してはどうか、と述べている。

 最後の「6.企業報告(開示)」では、現在世界中の規制当局が監査や年次報告書の提出期限の延長に踏み出していることを支持し、投資家や監査人はキャッシュフローやリスクシナリオ、資本配分のアプローチについて注目していることを指摘する。サステナブルな価値創造に対する回復力(レジリエンス)を示すことが重要であるため、Covid-19への対処方法についてできれば年次報告書において開示することをすすめている。

投資家のガバナンス優先事項:サステナビリティの促進と必要な監視

 続けて、投資家向けにもパンデミック下のガバナンスの優先事項を6点述べている。具体的には、1.長期的な視点、2.気候変動、3.資本配分、4.空売り、5.包括的なモニタリング、6.サステナビリティだ。

 「1.長期的な視点」では、投資家は受託者責任に基づいて、長期的な視点を保つべきだと強調する。投資家にとって、危機による短期的な投資リターンの低下は痛みを伴うものの、金融の安定を守り、投資先企業の長期的なサステナビリティに注目すべきこと、そしてたとえ時価評価(株価)の下落や配当の削減があってもそれを受け入れる準備をすることが必要だと述べている。

 「2.気候変動」では、このような状況下でも企業の気候変動の影響からうけるリスクや取組みに注目し、引き続きエンゲージメントを行うことが必要だと述べている。気候変動と新型コロナウイルスは、いずれも地球レベルの危機であり、今このシステミックな脅威に対して対応を行うことが将来の世代が受けるインパクトを低減させるという点で同様だと主張している。

 「3.資本配分」については、投資家はステークホルダーの利益と資本の提供者のニーズを顧慮し、危機への対処にバランスシートの強化が求められる可能性を理解すること、財務リスクを詳細に評価してサステナブルなアプローチのための資本配分について企業とよく対話することを求めている。

 また「4.空売り」についてESMA(欧州証券市場監督局)の規制を支持し、投資家は市場の信頼を得るべきだと述べ、「5.包括的なモニタリング」では今は投資家にも企業に対して柔軟な対処とサポートが求められるが、それでもコーポレートガバナンス基準からの大幅な逸脱がないかを監視する必要があると訴えている。

 最後に「6.サステナビリティ」では、企業の長期的な業績に焦点をあてサステナビリティを促進するようにと繰り返し、環境、社会、ガバナンス(ESG)の要因を投資の意思決定とスチュワードシップ活動に統合するよう強く求めている。

回復力と信頼の構築こそ企業価値の向上の源泉

 このステートメントの連絡先であるICGNのPolicy Director、George Dallas氏は「株主総会や、年次報告書などは国によって制度が異なり、直接的なメッセージ、例えば“株主総会を遅らせたらよい”といった具体的なことを盛り込むのは難しかった」と言う。具体的な案には必ず賛否両論がある。不毛な論争を避け、“どう柔軟に対処するか”が大切であるということを最も伝えたかったそうだ。そして今このステートメントには多くのフィードバックが寄せられ、大半は賛同を示している。

 「株主総会までに十分な監査を行うことができない可能性など、いろいろな問題はあるかもしれないが、企業にもう1つ強調できるとしたら、この2020年にはとにかく“ずるいこと”をしないほうがよいという点だ」とDallas氏は語る。

もしかしたらそれ以外の理由で悪かったのかもしれないのに、「パンデミックのため」業績等が悪化したとごまかしたり、わかっているのに「わからない」と答えるといったことを投資家も心配している。投資家も大変な状況でエンゲージメントを行い、なんとか取得した情報で企業評価や議決権行使を行う。お互いがベストを尽くす必要がある。もし何かずるいことをしていたら、厳しく市場からジャッジされるだろう。そのような行為を行った企業は、「すべてが正常に戻った時、2度と受け入れられないと思うべきだ」とDallas氏は少し厳しく指摘した。

 この危機を一緒に乗り越えるために、最も重要なことは信頼だ。企業も投資家も同じ市場、経済のプレイヤー同士である。お互いのことを考え、ベストを尽くしていくことができれば、きっと双方に長期的な利益がもたらされるだろう。このICGNのステートメントをぜひ一度熟読されることをおすすめしたい。

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