緊急事態宣言下での運用会社の議決権行使の状況は?

Opinion

データアナリスト 三井千絵

 この記事は2020年5月15日にスチュワードシップ研究会ホームページに掲載されたブログ記事(「緊急事態宣言下での運用会社の議決権行使の状況」)を、一部修正加筆したものです。

 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言の中、決算・監査の遅延、株主総会の延期の議論が行われているが、投資家側、特に株主総会で議決権行使を行う資産運用会社は今どのような状況になっているだろうか。運用会社の議決権行使担当者にアンケートを実施し、その結果をまとめた。アンケートの回答者数は5月14日現在11名で、少数であるため全体の傾向とまではいえないが、少しでも現状を共有できたらと考えている。

テレワークの状況で

 緊急事態宣言によって、例年とは違った形で業務をこなすのは運用会社側も同様だ。アンケート回答者中8名が、現在完全テレワーク勤務だと回答し、3名が交代制で出勤していると答えた。「議決権行使の作業がいつもどおり行えていますか」という問いには、全員が「いつもどおり」と回答した。そのうち数名は、「やりづらくはあるが」、「いまのところは」、「決算が遅れる企業分については遅れる」と注記をしていた。

 次に「企業に株主総会を延期してほしいと思いますか」という問いには、過半数の6名が「それほど思わない」と回答したものの、その中には「招集通知がいつもどおりなら」、「決算発表が行われるなら」と条件をつけたものもあった。また「分散化してくれたらありがたい」と、そもそも6月総会の議決権行使がタイトなスケジュールで行われていることを思い出させるコメントもあった。このほかは、「どちらでもない」、「わからない」という回答が4名、「企業に従う」という回答が1名であった。

 この結果をみて、2年ほど前まで資産運用会社で議決権行使を担当していたA氏は、「驚いた。自分が担当していた時は、行使結果と行使理由については3名以上でチェックをし、行使結果の修正時や、複雑な議案については担当者で何度も考え方のすり合わせを行っていた。ピーク時に、限られた環境でこのようなコミュニケーションを行うのは相当苦労するのではないか」と述べた。

 また自らもかつて議決権行使に責任を負っていて、現在スチュワードシップ活動に関する投資家団体の代表を務めるB氏は、「自らのオペレーション上の負担に加え、決算の遅れ、議決権行使のガイドラインを今年に限り弾力的に運用すべきかどうか、といった社内的な調整に時間がかかっている投資家もあるようだ」と述べた。

 両氏とも自らの経験から“実際は難しいのではないか?”という思いを抱いている。

決算短信があれば・・・

 4月15日に公表された「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」1では、監査が終了しない場合の対処方法として、企業は株主総会を延期するか、継続会方式2を採用するか、2つの方法が挙げられている。後者については運用会社側もオペレーションが変わる可能性がある。特に、役員選任議案については、ROEなどの決算数値を行使基準としていることがあるため、企業が継続会方式を採用した場合でも問題がないかをアンケートで聞いたところ、過半数の6名が「決算短信があれば問題がない」と回答した。

 実際には、招集通知に記載された計算書類ではなく、決算短信をもとに議決権行使が行われている場合が多い。株主総会に提示される計算書類では情報が足りず、さらに有価証券報告書も株主総会前に開示されないためだ。

 日本の決算短信は、注記は少ないものの基本的に監査を行う財務諸表とほぼ同等の作りになっており(外国のように、NON GAAPの数字だけを強調したり、ハイライトだけを抜き出したものではなく)、監査人のチェックが幅広く行われているという実態がある3。そのため、後に提出される有価証券報告書と同等として用いられる。

 ただし、今年は、仮に予定どおり決算短信が発表されたとしても、監査が進んでいないという場合も考えられるため、決算短信のクオリティは例年と異なるかもしれない。

 その点、アンケートの回答にも、「不安はある」、「今時点では問題がないと思っている」、「数字がそろっていれば」といった留保がつけられているものがみられた。その他の回答では「問題がないわけではないがやむを得ない」、「社内のコンセンサスを形成するほどの議論が十分にできておらず、ケースバイケースで判断するしかない」、「継続会方式を採用しても取締役選任議案は、計算書類が出てきた時(継続会の時)に決議すべき」という意見があげられている。

改訂スチュワードシップ・コードへの対応にも追われる中で

 最後に、その他の課題、不安な点などを自由記載してもらった。

 400銘柄の議決権行使を完全なテレワークで行っているという担当者は、「テレワークの状態で大量データを処理できるのかわからない」と不安を抱えているようだ。また「やむを得ないことも多いが、忠実義務と善管注意義務を背負っている投資家の負担が大きすぎる」とも回答していた。

 1,600銘柄の議決権行使を交代勤務でこなす担当者は、「未だ6月総会に向けた議決権行使の作業のプロセスには不透明感がある」と回答した。

 また、100銘柄の議決権行使をこなすアクティブ運用の担当者は、「コロナだからと言い訳する企業が多すぎる。大きく株価が下がっていれば他の要因もあるはず。減損は粛々としてほしい」と記載している。

 「今までのように招集通知を紙でチェックできない」、「決算短信を発表していても業績予想が書かれておらずチェックする資料が増えそうだ」とオペレーション面での不安を記載する担当者もいた。

 なによりも、今年の3月に、スチュワードシップ・コードが改訂されていることも負担になっているようだ。この改訂では、議決権の行使結果だけではなく賛否の理由の開示などが新たに求められている。200-300銘柄を行使する、外資系でアクティブ運用の担当者は、「議決権行使のための社内外の対話のハードルは高くなっており、行使の正当な判断理由を開示せよと言われても、個別に判断する議案では、詳細な記載が難しい事例も出てくるのではないか心配だ」と記載していた。対企業だけでなく、運用会社の社内でもコミュニケーションが通常より時間がかかっており、作業が多くなると時間切れになるのではないか・・・ということを徐々に意識し始めているようだ。

 自らも今年の困難な状況で監査を続けるある公認会計士のC氏は上記のコメントをみて、「1,600社も議決権行使を行っていたのか」と、投資家側も膨大な作業を抱えていることを改めて理解したそうだ。同時に、運用会社が、監査が未了の可能性もある決算短信に基づいて議決権行使の判断を行っているということに対し懸念を示した。前述の元議決行使会社担当者だったA氏は「どのような環境下でも行使ミスは許されない。運用会社の経営陣はテレワーク下でも行使ミスがないか、議決権行使担当者に過度な負担がかかっていないかをよく注視すべきだろう」と述べた。

 前述の投資家団体の代表を務めるB氏は「数が少ないことに加えてアンケートが5月の前半で実施され、まだ決算もそろわず招集通知も届いていないため、どれくらい作業が大変になるか見通せていないかもしれない」と指摘した。それが回答に追記された「今のところは・・」、「どちらでもない」といった表現にあらわれているとみている。運用会社も手探りの状態といえよう。

 以上が、アンケートやそれに基づく関係者へのヒアリングからわかった運用会社側の現状だ。企業の経営者、決算・総会担当者、また関連省庁などにおける今後の建設的な議論の一助になればと願っている。


アンケートの内容(実施期間:5月2日−14日)

Q1.あなたがこの6月総会の議決権行使で担当しているおおよその銘柄数を教えてください(任意回答)

Q2. 現在、テレワークを導入していますか?
(完全テレワーク(自宅でも通常の業務が可能)、 交代で出社、 導入できていない、その他)

Q3. 議決権行使の作業はいつもどおり行えていますか?
(いつも通り、少し遅れている、やや遅れている、とても遅れている、期日までに作業完了は不可)

Q4. 企業に株主総会を延期してほしいと思いますか?
(それほど思わない、どちらでもない、そう思う、どちらかというとそう思う、強くそう思う)

Q5. 今報じられている継続会方式で役員選任議案に問題がありますか?
(問題ない、短信の数字があれば問題ない、問題がある、決議結果に不安を感じる、クライアントへの説明が難しい、その他)

  1. 「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会」によって公表された。同協議会は、金融庁を事務局として、日本公認会計士協会・企業会計基準委員会・東京証券取引所・日本経済団体連合会・日本証券アナリスト協会から構成されている。また、オブザーバーとして、全国銀行協会・法務省・経済産業省が参加している。
  2. 予定どおり株主総会を開催し、続行決議を求めたうえで、再度別日程で継続会を開催して決算書等を提示する方式。
  3. 93%の監査業務で、監査人が決算短信のチェックをしている(日本公認会計士協会「期末監査期間等に関する実態調査報告書」(2018年3月15日)74頁)。

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