新型コロナで債務不履行は免責されるのか:フランスの民法より

会社法務
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フランス民法上の事情変更に基づく契約再交渉(1195条)

 仮に前記(3)①〜③(外部事由性・予見不可能性・回避不可能性)の要件を満たさず、不可抗力といえない場合でも、フランス民法1195条により、契約の再交渉が認められる場合がある。

フランス民法1195条
 契約締結時に予見することのできない事情変更があり、その危険を引き受けることを承諾していなかった当事者にとって、当該事情変更により履行が著しく費用を要するものになった場合には、当事者は相手方に対して契約の再交渉を求めることができる。なお、当事者は再交渉の間、債務の履行を継続しなければならない。
再交渉が拒否されるか失敗した場合、両当事者は、日と条件を定めて契約の解除に合意するか、双方合意のうえで裁判官に契約内容の変更を求めることができる。合理的期間内に合意に達しない場合、裁判官は、いずれかの当事者の求めに応じて、契約を変更するか、裁判官が決めた日と条件の下で契約を解除することができる。

 2016年の民法大改正で新設された条文である。比較的長期の契約で、契約当初予定されていなかった状況の変更により、一方当事者に過度な金銭的負担がかかり、相手方から受領する対価と著しく均衡を欠くようになる場合には契約の再交渉が認められる。不可抗力規定(民法1218条)は債務の履行が不可能な場合に適用されるのに対して、民法1195条は、債務の履行はできるが履行のための金銭的負担が著しく重くなる場合に適用されるものである。

 事情変更の原則は、日本では判例上認められた概念でその適用が極めて限定的であるのに対して、フランスではより一般的に両当事者間の不均衡を解消する有益な明文規定となっている。ただし、当該条文は任意規定のため、契約中に当該条文を除外する規定がある場合、その合意が優先される。

商事賃貸借契約における賃料支払の免除・減額

 前記のとおり、フランスでは、本年3月15日から、レストラン、商業施設等、公衆を受け入れるさまざまな業種の営業が禁止された。ここで、レストランや店舗経営者等が店舗を賃借している場合、賃貸人に対して賃料を支払い続ける必要があるのか、また賃料の減額が認められるのかが問題となる。

(1)フランス政府による賃借人の救済措置

 フランス政府は、商事賃貸借契約の賃借人が、売上減少等一定条件を満たす小会社(従業員10人以下かつ直近事業年度の売上100万ユーロ以下)である場合に限り、3月12日から緊急事態終了後2カ月の間に支払義務が到来する賃料債務の未払いについて、賃貸人からの契約解除および違約金等の一切の請求が認められないこととした1。さらに、支払債務者(賃借人など)の規模を問わず、2020年 3月12日から同年6月23日まで、支払遅滞を理由とする債権者(賃貸人など)からの契約解除および違約金等の請求は認められないこととした2

 もっとも、これらの措置は上記期間中の賃料支払の中断を間接的に認めるものにすぎず、期間経過後、中断していた賃料を遡って支払うべきこととなる。

 かかる現状をふまえ、ブリュノ・ル・メール財務大臣は、4月16日、昨今頻繁に唱えられているソリダリティ(Solidarity、団結と協力)の精神から、従業員が10人以下の小会社が店舗休業をした場合、大規模賃貸業者は3カ月分の賃料債権を放棄するよう要請したが、当該要請に法的拘束力はない。

(2)民法に基づく賃借人の救済手段

 それでは、賃借人は不可抗力に基づき、緊急事態期間中の賃料の支払債務がないことを主張できるか。この点、日本と同様、フランスの判例は、金銭の支払自体が不可能となることはないことから、金銭支払債務について不可抗力を認めていない。

 もっとも、賃借人側からは「金銭支払債務の不履行の問題ではなく、レストラン・店舗施設の平穏な利用ができなくなった点で、賃貸人の債務不履行の問題である。不可抗力である以上、賃借人としても履行が再開されるまで支払債務はない」という主張が考えられる。先例がないため、いずれの主張が通るかは裁判例を待つほかない。

 それでは、賃料の減額は認められるか。フランス民法1722条は、「賃貸物件の一部が不可抗力により破壊された場合、賃借人は、状況に応じて賃貸料の減額または賃貸借契約の解除を求めることができる」と規定している。判例上、「不可抗力による破壊」の意味は広く解され、行政上の営業不許可・許可取消も含まれるため、今般の緊急事態下の営業禁止措置も含まれるといえそうである。また、営業禁止となった商店は、店舗に在庫等を置き続けている点で賃貸物件の使用を部分的には継続している。そこで、当該条文を根拠に賃料の減額を求めることが考えられる(解除は契約の目的を達成できない場合のみ認められるところ、今般の営業禁止措置は一時的にすぎず、解除は認められない)。

 また、支払の延期であれば、賃借人の申し出により、裁判所は、両当事者の事情を勘案したうえで、最長2年まで賃料支払の延期または分割払いを認めることができる(フランス民法1343-5条)。有益な規定であるが、裁判所が段階的に再開されたばかりの現状においてはただちに利用できない。

 以上の事情をふまえると、賃料支払に窮する借主は、速やかに貸主に事情を説明して協議をし、緊急事態期間中の賃料の支払について双方が納得のいく形で解決を図ることが望ましいといえる。

  1. 2020年3月25日付のオルドナンス第2020-316号
  2. 2020年3月25日付のオルドナンス第2020-306号、2020年5月13日付のオルドナンス第2020-560号

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