コロナと戦う開示⑧:ラクーンの楽観・悲観シナリオに基づくレンジ予想

Opinion

野村総合研究所 データアナリスト
三井千絵

 緊急事態宣言が解除されてから1カ月経った。6月後半は1日の新規感染者数が再び増加するなど、予断を許さない状況が続いている。まだまだ事業の不確実性が高いと考えられるが、そのような中でも各社で様々な開示の工夫が行われている。3月決算企業に続き、4月決算企業の決算が始まっている。これらの企業の今年度の決算は新型コロナウイルス感染症の影響を3月決算企業より1カ月長く受けている。また、期末前最後の月(4月)に緊急事態宣言が発令され、経理処理、決算作業にはより困難があったのではないだろうか。

 6月11日に決算を発表した株式会社ラクーンホールディングス(以下、「ラクーン」)もそのうちの1社だ。4月決算企業としては例年どおりのスケジュール(昨年は6月13日)であるが、冒頭から新型コロナウイルス感染症の影響を、プラス面もマイナス面も次から次へと詳述していた。

売上が増える商品あれば、減る商品あり

 昨年のラクーンの決算説明資料では、他の多くの企業と同様、表紙をめくるとすぐにサマリーが掲載されていたが、今年はそこに「新型コロナウイルス感染症の影響(まとめ)」が掲載されていた(3頁)。

 まずは短期の影響について、EC事業とフィナンシャル事業に分けてプラスとマイナスの影響をあげ、1つの項目につき1頁を割いて状況を説明している(4~11頁、注:「デフォルトの増加懸念」については2頁割かれている)。次に、中長期の影響が12頁にまとめられている。こうした説明については、「立体的に状況を見ることができる」と評価する投資家があった。

株式会社ラクーンホールディングス「2020年4月期決算説明資料」(2020年6月11日)3頁

 確かに非常にわかりやすい。まず、EC事業の短期の影響として、業績にプラスのものでは「新規の出展企業・会員の増加」「マスク・抗菌グッズの受注増加」「ネット事業者の受注が増加」、マイナスのものでは「ファッションジャンルの受注が減少」があげられている。次に、フィナンシャル事業の短期の影響として、プラスのものでは「保証事業のクライアント増加」、マイナスのものでは「Paidの取扱高の減少」「デフォルトの増加懸念」があげられている。以下、これらの詳細をみていきたい。

 「新規の出展企業・会員の増加」は、ラクーンの主要サービスである、小売店専用の卸・仕入れサイト「スーパー・デリバリー」への出展企業・会員が増加しているということを指している。その理由として、新型コロナウイルス感染症の影響で対面営業ができなくなったことなどがあげられている(4頁)。ラクーンの会員になると、小売店はこのプラットフォームを通じてアパレルメーカー等から仕入れを行うことができる。

 次に「マスク・除菌グッズの受注増加」の頁(5頁)では、マスク・除菌グッズの流通額が4月に+831.1%となったことが示されている。一方で、7頁では、緊急事態宣言による外出自粛のためか、ファッションジャンルの流通量が4月は−45.0%であったということがグラフを使って説明されている。

 フィナンシャル事業であげた「保証事業のクライアント増加」については、詳細をみるとコロナ禍による商機をうまく掴んだものであることがわかる。この保証事業とは、ラクーンが提供している「URIHO」という与信審査から売掛金回収等を行うサービスのことであり、8頁では、取引先の信用不安を背景とした問い合わせが3月に急増したことが示されている。2月からの問い合わせ件数が従来の平均を大きく超え、3月には倍増している様子が見て取れる。URIHOのターゲットは、今回のコロナ禍で資金調達に苦労している、年商10億円以下の中小企業だ。

 一方、マイナス面では、10頁、11頁において「デフォルトの増加懸念」を説明している。「新型コロナウイルスの収束時期は不透明」であることに加えて、「政府の支援策の強化による効果は不透明」であることから、保証履行引当金・求償引当金・貸倒引当金を積み増ししたことを説明している。公開されている決算説明会の様子をみても、いま必要と考えられる引当金を、四半期利益を犠牲にしてでも積み増したことを丁寧に説明していた。

過去数年の推移と中長期に向けた機会の説明

 前述のとおり、中長期の影響については、12頁に記載がある。ラクーンにとって、新型コロナウイルスの感染拡大の状況はオポチュニティであり、企業間取引のインフラサービスとしての認知度も向上していると述べている。EC事業については「非対面(WEB)で取引できる」こと、フィナンシャル事業については「売掛金に保証がかけられる」ことが注目・評価されていると説明している。

 説明会でも社長自ら「こういう状況になったことで、保証サービスや、再保険サービスが知られ、またこういった機会に増えた新会員の利用が期待できる」と話した。ある意味、新型コロナウイルス感染拡大の状況によって、ラクーンは中期の事業戦略を立てやすくなったのかもしれない。またラクーン自体も1月末から在宅勤務を奨励している。もともとは東京オリンピックのためにシステム環境を準備していたそうだが、今回のコロナ禍に伴う在宅勤務によって、かえってセミナーや営業の件数が増えたそうだ。

 ラクーンは2006年に上場してから順調に成長を続けており、ここ2年ほどの売上は特に伸びているが、会計処理の変更によって利益が増加した分を明確に分けて説明している。もちろん、イレギュラーな利益を明確に説明しなければ、翌年の業績予想が説明できなくなるわけだが、苦しい時はそのあたりの説明を端折るという行動になりがちだ。

 業績全体だけでなくセグメント別にも、過去5年にわたって、四半期単位で売上、利益、主要サービス、購入客数と客単価の推移を示している(EC事業については28頁~32頁)。ここでは、やはり客数が伸びていることが見て取れる。単価はむしろ下がっている。コロナ禍直前まで、小売りの状況が良かったとはいえないことが改めて看取できる。

 同様にフィンナンシャル事業では、提携解消などもあったようで、すべてがプラスではないうえ、一部顧客にデフォルトも発生しており、前述のように引当金の積増しが行われている。とはいえ、過去3年~5年の四半期ごとの売上、利益、主要サービスの取扱高、残高推移を丁寧に記載し、状況を説明している(36頁~40頁)。

次頁ではラクーンのレンジでの業績予想を紹介する。

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