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Opinion

連結のKAM

買収・出資に伴うのれん及びその他の無形固定資産の評価

 連結のKAMの2つ目は、今年度買収した2つの銀行(PT Bank Danamon Indonesia, Tbk.( 以下「バンクダナモン」)とFirst Sentier Investors(以下「FSI」))に関する無形固定資産とのれんの評価だ。

 具体的には、(1) 企業結合取引により計上した無形固定資産の評価、(2) バンクダナモンの取得により計上したのれんの減損処理の要否について、それぞれKAMの内容・決定理由と監査上の対応を述べている。特にその理由として触れられていないが、海外での感染拡大の影響も考慮したであろうことが想定される。いずれも買収時の計上額や、減損の兆候など判断の背景が詳細に記載されている。

 なお、このKAMにおいても、連結注記表の「企業結合等に関する注記」が参照されている。また、連結計算書類の作成にあたって用いた会計上の見積りおよび仮定のうち、重要なものを開示した「その他(重要な会計上の見積り)」の「2. 買収・出資に伴うのれん及びその他の無形固定資産の評価」には会社の見積りとその仮定が詳細に示されている(参考③)。

参考③ その他(重要な会計上の見積り)

(バンクダナモンの取得により資産計上した無形資産に用いた主な見積り・仮定)
 将来キャッシュ・フローに使用される前提は、機関決定された中期計画に基づいており、公正価値評価の方法として、インカムアプローチ法を用いております。

 「代理店との関係」においては、既存代理店との取引が継続する期間において享受できる超過収益に基づくキャッシュ・フローを現在価値に割引くことにより価値を算定しております。当該キャッシュ・フローには、インドネシアにおける自動車・二輪車販売市場に関連する市場の成長予測を反映した貸出実行額の増加率及び過去実績に基づく既存代理店の剥落率などの見積り・仮定を用いています。

 「コア普通預金」においては、既存の預金顧客の預金残高が存続する期間において享受できる資金調達コストの節減効果に基づくキャッシュ・フローを現在価値に割引くことにより価値を算定しております。当該キャッシュ・フローには、預金顧客の剥落率などの見積り・仮定を用いています。

 無形資産に適用する割引率の基礎として、株主資本コストを使用しております。当該割引率には、各無形資産に関連する将来の取引継続や取引規模、取引採算性の変動等のリスク、事業規模に伴うリスクを考慮したリスクプレミアムなどの見積り・仮定を用いています。

株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ「法令及び定款に基づくインターネット開示事項」

 同様に、FSI取得により資産計上した無形資産に用いた主な見積り・仮定についても開示されている。

 また、のれんの減損処理の要否については、以下のように開示されている。

 注記事項の(企業結合等に関する注記)に記載のとおり、2019年4月に連結される子会社となったバンクダナモンに係るのれん(2,183億円)を計上しました。

 企業結合後に、上場会社であるバンクダナモンの株式の市場価格は取得原価に比べ相当程度下落している状況が継続しており、当該市場価格の下落の状況をバンクダナモンに係るのれんの減損の兆候として識別しましたが、2019年度ののれんの減損判定において、バンクダナモンに係るのれんを含む資産グループから得られる割引前キャッシュ・フローが帳簿価額を超過していたため、減損損失を認識することはありませんでした。

 しかしながら、当該バンクダナモンに係るのれんは、注記事項の(連結損益計算書に関する注記)に記載のとおり、会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(1998年5月12日 日本公認会計士協会)第32項の規定に基づき、国内の連結される銀行子会社が保有するバンクダナモンの株式の市場価格下落を受けた減損処理に伴って、当連結会計年度末において全額償却しております。

株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ「法令及び定款に基づくインターネット開示事項」

単体のKAM

 単体の監査報告書に記載されたKAMは1つで、子会社株式の評価だった。

 会社は、総合金融グループの持株会社として多額の子会社株式を保有しており、当該子会社株式について取得原価をもって貸借対照表に計上している。このうち、市場価格のない子会社株式の貸借対照表計上額は8兆5,610億円であり、資産総額のうちの多くの割合(約45%)を占めている。子会社株式の評価基準及び残高は、個別注記表の「重要な会計方針に係る事項に関する注記 1.有価証券の評価基準及び評価方法」及び「その他の注記 1.子会社株式及び関連会社株式について」に記載されている。

株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ「事業報告」

 これをKAMとした理由は「市場価格のない子会社株式は貸借対照表における金額的重要性が高いことから、当該子会社株式の評価の妥当性は、当監査法人の監査上の主要な検討事項である」と説明されている。そして、その対応として、実質価額(の算定の妥当性)を評価し減損の要否や重要な虚偽表示リスクがないかを重点的に監査したことが述べられている。

KAMの重要性

 今回のKAMを取り上げた記事を複数の投資家に読んでもらったところ、みな「(この開示に)気がつかなかった!」と口をそろえた。議決権行使の作業で忙殺されているだけではなく、財務諸表については株主総会資料は情報量が少ないと思われており、実際に目を通すのは決算短信となっているからだ。しかし、改めてこのKAMの開示例の感想を聞くと、「これまで日本でも数社KAMを出したところがあったが、それらに比べて踏み込んでいる」と好評価が得られた。別の投資家からも「KAMを改めて見てみて、とても良いと思った。短信でいろいろコメントするよりKAMで企業と議論をしたい」という感想も得られた。

 確かに会社計算規則の定める財務諸表の記載は金商法のそれに比べて少ない。KAM導入に向けた議論が行われていた頃も、KAMの前提となり参照されるべき企業の開示が、監査報告書が添付される事業報告、計算書類等に記載されていないということが起きるのではないかという意見もあった。MUFGについては「今回KAMを株主総会資料の中で開示し、関連する注記もウェブ開示された。いずれも銀行業の評価に重要な点である」と評価されている。また「FSIの数字については初めてみた気がする。非常にありがたい」という声もあった。

 監査が終わったということは、会計監査人と経営者(監査役、監査委員会等)との間で選定されたKAMの項目についての議論も終わっているということになる。そして、事業報告等に必要な情報を記載することは躊躇されていないようにみえる。

 もちろんすべての企業が株主総会資料作成の時点で、KAMを記載することができるわけではないかもしれない。上記の投資家たちの中でも、「タイトなスケジュールでせっかく出してもらっても、監査法人や会社側の負担はいうまでもなく、投資家側もせっかくの開示を十分に分析する時間がない」、「これで当然と思われては困るという声もあるはずだ」といった意見が聞かれた。やはり株主総会資料を有価証券報告書なみに厚くするというのではなく、有価証券報告書の提出と株主総会開催のタイミングの問題を引き続き議論していかなければならない。

 しかしながら、このように不確実性が高い状況下でKAMをいち早く提供したMUFGの試みによって、株主・投資家にとってKAMの可能性を改めて認識できたのではないだろうか。

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